従来のメンタルトレーニング方法の世界に大きな風穴を開け、最高評価と支持をクライアントの皆様から受けているプログラム
対象となる方はプロ契約をしている選手・プロを目指す方・頂点に立ちたい方・頂点を維持したい方・更なる高みにのぼりたい方です。
心理コンサルタント/心理コーチである岩波の斬新で圧倒的な理論と実際のメンタルトレーニング方法は、間違いなく世界最高のメンタルトレーニングだと胸を張れるものです。
革新的な潜在意識と脳の可能性を無限に広げるアプローチ技術は、非常に大きな価値を創ってきました。
日本各地の一流アスリートはもちろん、海外からのクライアントもこのプログラムを受けるほど価値があるものです。
ただ知識としてスポーツ心理学やメンタルトレーニング技法を知っていても意味がありません(それが革新的方法だとしてもです)
所詮知識は知識で終わります。
特にスポーツ分野におけるメンタルは、体でわかる、反射神経回路に組み込まれる、体得する、そこではじめて身に付くことができます
この岩波スポーツ・メンタルトレーニング・プログラムの一番のポイントはそこです。
そこに至らせることができるのは当プログラムだけです。
知識だけの提供はしません。気休めの方法もとりません。
「実感として身に付かせる」 根本的に徹底的にやっていきます
従来の視点・発想・方法論を一変させることは間違いありません。
貴方の脳とメンタルの可能性を無限に広げます。
非常に自信を持っているメンタルトレーニング・システムです。
岩波スポーツ心理学のプログラムの理念・方法論について一部載せます
(これはあくまで文章の上であり、知識の分野でしかありません。
当プログラムの本当の価値は、それが実際にできる、感覚・感性として身に付くということを覚えておいてください)
不安・緊張・恐怖.・スランプとは? 対処法
勝負と勝ち抜く孤独 対処法
設定の重要性/不安・緊張をバネにするために
自信と目標設定
成功するために 定番とズレ
スポーツ選手にとって不安や恐怖感はつきものだ。過度のあがり・緊張で試合が台無しになるのはそれがあるから起きてしまう。
アスリートに限らず、人間すべてがそうだといえるが、不安こそが自分の身を危険から守るともいえる。
しかしアスリートは、誰よりも「危険」に立ち向かわなければならない。勝負師なのだから。
だからこそ不安にどう対処するかが、スポーツ心理学/メンタルトレーニングの大きな比重を占める。
従来のメンタルトレーニングはまったくもって効果を発揮できていない。
現実はそんな生やさしいものではないと誰もが思い知っていることだろう。
試合前の緊張も不安なら、スランプはずっと不安の渦に巻き込まれもがき続ける。
一方で勝ち続け、記録を更新し続けているときは不安など起こらない。
試合が楽しみでしょうがない。
しかし、危険な罠がある。「このままいってくれれば」という欲が、不安を呼び込む。
「〜したらどうしよう」「このままどうかいってくれ」 こう守りに入ると急激に不安が寄ってくる。
案の定、不安に支配され、満足行くほど力が発揮できなくなる人がいる。体のキレも失われる。
不安が起きたら、不安を取り除こうと必死で知恵を振り絞って、気力を傾けて努力するのが人間だ。
アスリートといえどもそうである。いやもっと頑張って気合いを入れようとするだろう。
その努力は尊いが、ドツボにはまったら、やらない方がマシだ。
そしてスポーツほど、脳の思考が体にダイレクトに表れてしまうものはない。メンタル面の強化が何よりも重要になる。
しかし、残念ながら、いや当たり前なのかもしれないが、スポーツ心理学やメンタルトレーニング自体、お子様レベルの域を出ない。
岩波メンタルトレーニング・プログラムはそんな定番でありきたりなものではない。
もっと悪いのは、定番となっているものがあまり効果がないというものだ。
気休めの世界を出ない。
不安の対処法は、まず不安が起きるのは当たり前なんだから、避けようとか取り除こうとしない。
もしやってしまうと、すればするほど大きくなり罠にはまる。
スポーツに限らず、生活の中でも思い起こせばそうだったと思い当たると思う。
当然、誰もが不安は嫌だし、避けたいから対策をとろうとする。
ここがキーなのだが、不安は感情である。
感情は知恵や頭の対ではとうていかなわないほど強力で無慈悲だ。
喜びの感情ならいいが、人間の感情は喜怒哀楽というようにマイナスの感情の種類が圧倒的に多い。
頭で「そうなるな、だめだ、いやだ」と強く思っても、喜怒哀楽の感情は全く逆におさまらない。
それどころか高まる一方だということを経験していると思う。
不安や恐怖自体が理性では太刀打ちできない感情のレベル(本能とも)なのだから、頭でコントロールしよう、排除しようとしても、所詮理性のレベルにとどまり効果がない。
ただの気休めで終わればまだいいが、スランプを助長してしまうほど毒にもなってしまう。
だから感情レベルで処理しないとコントロールがきかない。
マイナス面の感情にとらわれているとき、人間の思考・視野は極端に狭くなってしまう。
理性的な人でさえ、信じられないほど飲まれてしまう。
スランプ状態は、まさにマイナスの感情で思考が硬直化され、溺れた人のように助かる役に立たない藁をもつかむほど、思考の枠が狭くなってしまう。
だから容易に脱出できない。
そんなときにプラス思考を持てといっても、全く役に立たない。
そこで必要なのは、マイナスの感情には、もっと大きな感情的な、本能的なものをぶつけなければならない。
感情は潜在意識の奥底、脳で言うと原始的な理性ではない部分に渦巻いている。
逆にそこに手を届かすことができれば、怖いものはなくなる。
しかも自分でコントロールできるようになる。
そういう高度な技術を持っているのが、このプログラムの最大の特質です。
不安に襲われるアスリートは、今までの不安がおきるルーツと素材と経験があって、感情に悪い変化をおこしている。
知恵で対策をとろうとしても、心の中で葛藤を起こすだけだ。
どうしても不安が起こるルーツがあるから、新しい感情をもはじいてしまう。
試合に負けた経験、普段の力を試合で発揮できないということから来ているかもしれないし、もしかしたら、コーチや親に褒められた経験がないことから来ているかもしれない。
結局、不安はおさまらず不安との闘いがエンドレスで起こる。
そこで不安が起きない回路を造って処理しなくてはいけない。
では、安心を入れればいいか? 不安自体が強力だから、別の感情などを打ち込む必要がある。
どう感情を入れるかというと、頭(理性)で構築した設定のレベルとさらにプラスの感情をセッティングする。
不安があったときに、「不安がなければいい」、「ゼロレベルに戻ればいい」ということだと、「まだゼロか、もう少しかな、まだ不安があるかな」という不毛な葛藤・闘争・相克に陥る。
それ自体が不安になっていく。常に不安を意識するからだ。
いくらメンタルトレーニングをしても効果が出ないのはそこに罠があるからだ。
どっちみち人間が悩むというのは他人との比較でそれが出たり消えたりする。
アスリートの場合は、対戦相手だったり、競争するべき相手だったりする。もしくは理想の自分と現実の自分とのギャップもある。
周囲との記録やモチベーションの差などのギャップで劣等感も出てしまう。
ある人はすごく生き生きとしていて、力強く、自信を持ってプレーしている。
なのに自分は本番ではすごく弱いし、もっと力を発揮できればいいのに不安になる。
人はそういう比較するレベルでものを考えてしまい、劣等感、不安、恐怖感を持ってしまう。
それらはすべて本番ではマイナスにしかならないものだ。
それに打ち勝つためには、自己の目標・設定レベルを、不安が起きないゼロ地点を越えたところよりも、もっと高い次元で、周りの人が設定を描かないレベルで設定する(たとえば世界一、日本一、頂点。あるいはオンリーワン)
高い目標設定を決め、それに達するにはどうしたらいいかのシミュレーションを感情のレベルから設定する。
いまはゼロ地点のレベルだとしても、もう少し目標に先があると感じても、そこからどういけば目標にたどり着けるのか、そこからのシミュレーションを頭で描いて処理する。
それによって不安と闘うことをしない。その上でプラスの感情とミックスさせることが重要だ。
どうしても一つの不安からさらなる不安の波紋が広がり増幅する。感情とはそういうもの。
増幅しやすいと漠然とした不安がどんどん大きくなる。
不安だから動けない、気力が出ない、自信が失われていく、傷つきやすい。
要はスランプの状態になるし、すべてのスピードとキレを無くしてしまう。
アスリートにとって致命的だ。
スポーツ以外の日常でも、すべて効率が悪くなる。
どうにかしてもがこうと焦って頑張り、さらに上の状態に陥り、深みに落ちていく。
それをカットするために何が必要か?
頭の中で不安を「無視したい、消したい、否定したい」と普通思ってしまう頭がある。
心の中で無くしながら肯定した方向に走りたいと誰もが考えるが、不安を消すという発想自体が不安を増幅させる。
不安を認めて、認識して、その上で消滅させる働きにしないと難しい。
ここは人の心が陥りやすい罠である。
不安や恐怖は感情だ。ということは、バネにし、さらなる飛躍の起爆剤にできる。
不安をバネにしてエネルギーにするためにはどうしたらいいか(一流アスリートのみならず、人生の成功者はみなやっている)
不安への一般的な認識では、「不安があるから不安」というものだ。
しかし、「不安の中の安心」「不安があるから安心」なのだ。これは絶対的な真実だ。
不安がない状態には安心感はない。
どんな不安でも恐怖でも、それ自体は自分にとっての道だ、日常だ、人生だ。
不安・恐怖・緊張がなかったらおかしい、不安があるのは当たり前、これが日常だから、不安自体に敏感さがなくなって、そのうえでバネにすることが出来る。
不安を排除する人にとっては不安をバネに出来ないし、飲まれる可能性が非常に大きい。
精神的なスランプに陥るスポーツ選手も成功する大きな障害となる。
逆に言えば、そこを克服すれば、いわゆる「一流・成功者」のメンタルを得ることになるし、スランプから脱出できる大きな武器となる。
元々アスリートは、困難に立ち向かっていけるだけのメンタリティを一般人より持っている。
ならば不安に対しても、覚悟を持って向き合うべきだ。
知識ではそう思っても心の底からそう思えないと難しい。
だからこそ、このプログラムの出番になる。
潜在意識からマイナスを排除しリセットし、プラスの建設的な暗示をダイレクトに入れ込むことができる。
その人の目的意識とまさにリンクした時、恐ろしいほどのパワーを発揮できる。
スポーツ選手はメンタルが、大きな比重を占めているのは言うまでもない
スポーツに関しての不安を特化して言うと、「不安があるからほとんど実力が出せない」というものだ。
どうしてもそういう思考になりがちである。
不安の状態が大きな比重を占めるけれど、何とか不安を消したときに、つまりゼロ地点にしたら選手はのびるかというとただのノーマルになるだけ。凡百の選手に終わってしまう。
不安を最大限バネにできないと選手は使えない。一流になることはまず難しい。
プロのボクサーでも、前の晩に寝られなくても実力を発揮できる選手もいるし、チャンピオンになったりする。
一方で、緊張で眠れなくて、それだけで飲まれてしまい、さんざんな結果になるアスリートも多い。
不安はトップになるための必要不可欠なもの。
ただし 不安があっても、試合になった時には忘れていなくては駄目だ。
試合になったときにはリセットが脳にかからないといけない。
それからスポーツ選手は、ノーマルな選手でいうと、ある程度のモチベーションを持とうとしたり、いろんなことをする。
でもトップの選手は尋常なモチベーションではない。
あくまで
褒め言葉だが、「病んでいる」「ずれている」「いかれている」
病んでいるからトップまで行ける。人とはズレているからこそ、誰よりもぬきんでた存在になれる。
つまりノーマルでは駄目だとういこと。
ものすごい執着心とズレを持っていなければ、頂点に立てない。
もう一度言うが、社会的な意味での「病み」ではない。
すばらしき成功のための「病み」だ。
しかも自分でコントロールできる。いつでも引っ張り出すことができる。
芸術家でもトップになれる人は「異常」だ。常人とはズレている。
いい意味での病み、異常さ、ズレである。
経営者で成功を収めていくためにも異常じゃなくてはいけない。
ノーベル賞でもそう。
オリンピックのメダルを取れる人間も。
あと一歩でメダルに手が届かない選手との圧倒的な差はそこにある。
すべての上でそうだ。
一流の成功を収めたアスリートを思い浮かべれば一目瞭然だ。
平々凡々のありきたりな定番の、誰でもが思いつくメンタルトレーニングをやっていて何の価値があるのか?
普通ではない頭には何があるかというと幼児期から今までの環境と経験・積み重ねがある。
半生で作られたルーツから発するもの。
ある種の並じゃないトップレベルを作り出す自己啓蒙をやったら、トップを走れる。
普通の凡人ではどんなにスポーツ心理学やメンタルトレーニングの本読んだりしても身に付かない。
途中で挫折したり崩れたりしても、トップになるために設定をかけて走っていたら、収穫も並じゃないものがある。
これはものすごい自信になる。
これから頂点へ、世界へ羽ばたくためのプログラムとして、そういう思考回路を脳に条件付け構築していく。
うちではもうプログラムができているし、たくさんの人から評価を得ている。
凡百のイメージトレーニングではない。
脳みそが異常(普通ではない)ということは、普通じゃない動き、思想を工夫、開発を自分からやれる。
それ自体が脳にダイレクトに直結するためのシステムを組んでいる。
本をいくら読んでも、まねても、たくさんの人間がやっていること。
でも突き抜けられない。
普通じゃない非常に高い価値あるメンタルトレーニングプログラムじゃないと意味がない。
提供する価値すらないと思う。
なおかつ知識だけを提供しても意味がない。文字さえ読めれば、誰であろうと知識を身につけられる。
重要なのは、感覚・反射神経回路に入り込まないといけない。
まずそこが劇的に可能なメンタルトレーニング方法は当プログラムしかないといえる。
スポーツ選手として大成、またコーチ監督として成功するためには万人が万人のことをやっている考えでは難しい。
人がやっていないオリジナルをやって、考えていないことを裏付けをとって走ること。
一番必要なのは冒険心がなくては駄目。挑戦も出来ない。
リスクは当然つきまとうが避けていたら、並の選手・コーチで終わるのは間違いない。
だからこそ、うちのメンタルトレーニングのプログラムは劇的にメンタル面が向上できるプログラムだと胸を張っているし、評価を得ています。
スポーツ選手は、孤独と闘って勝ち抜かなければ駄目。
みんなで群れていたらトップにはなれない。
孤独だから「得点」に喜びを感じる。
孤高の存在に喜びを見いだすことに設定ができていたら、スポーツのメンタル面での栄養になる。
一流選手は、みな孤独と闘い打ち勝っている。
孤独の設定として使えることは、他人にどう思われようが、目線とか遙かに超越していなければならない。
だからこそ、だれよりもメンタルが強化され、本番でも力を思う存分発揮できる。
一人でいた方がいいと言うことではなく、結局自分は一人しかいないと言うこと。
孤独と孤高が必ず力になれる。
上へ突き抜ける強烈なモチベーションになる。
だいたい勝ち続けると言うことは「孤独」である。
誰も出していない記録を出すことは「孤独」だ。
王座を守り続けることも「孤独」だ。チームスポーツといえどもだ。
アスリートは「孤独」に向かってみんな努力しているとも言えるだろう。
だからこそ、孤独であることを覚悟の上で通し抜かなければならない。
孤独のリスクを背負って一生茨の道を歩むぞと言う開き直り、それが喜びの道という開き直り、原点の発想を脳にたたき込まないとむずかしい。
裏を返せば、それが可能なメンタルトレーニングを受ければ、成功への大きな近道になる。
私の不安・恐怖に対する発想。
朝目が覚めたら、不安がいくつもあるかもしれない。
それがいつでも襲いかかってくるかもしれない。
それが永遠と一生続くかもしれない。そんなものは俺の定番だと思って生きている。
だから、どんな突発的な不安はOKだ、いつでも起こり得るものだから、これが俺の人生で当たり前なんだから。
それで生きているから、不安に対して忙しいから、結局不安は不安でなくなっている。
明日やることの目標は、不安があろうがなかろうが、それに向かって走る。そのために、たくさんの不安をかまっている暇がない。
身も心も不安や恐怖に構えない。結局は日常生活の空気のように不安はなるわけだ。
その上でもっと自分が不安をおっていく。もっとリスクを背負って、自分の夢のためにこれくらい覚悟して、これをしたい! やりたい!と、しかもできる、と。
絶対にできるんだ、と自覚をする。
自覚までの飛距離、それから階段、シミュレーション、それが頭で構築されるから、不安がバネとして生きる。
今日一日これだけ進んだ、やったんだという実感が感じる感動がそこで起こるから、不安と交換に逆に感動だけが蓄積されていく。
だから燃えられる栄養として、エネルギーが常に湧いてくる。
アスリートに限らず、人間は、エネルギーは消費しないと、その分だけエネルギーが補給しない。
エネルギーを使えば使うほどそれが補給されるという体のシステムがある。
限りなく使っていかないと、限りないエネルギーを得ることができない。
だから、守りに入っている人は何も成し遂げられないという理由はそこにある。
平凡で終わる選手は、結局それまでのメンタリティしか持ち合わせていないということ。
敵は対戦相手ではなく、自分自身。
アスリートならほとんどの人が行き着く結論だと思う。
もっといえば、自分の不安や緊張、恐怖だ。
そればかりではない。相手はもとより、味方も自分にプレッシャーをかけてくる。不安をかき立ててくる。
そこで潰れたら勝負に負ける。だからこそ、乗り越えるメンタリティを持たなくてはいけないし、それが唯一劇的に身に付くことができるのは、うちのプログラムだけだと思う。
これらは知識として知るのではなく、感覚・反射神経として身につけなければいけない。
まず「自信がある」という言葉について。
自信は「だめか、可能か」「できるか、できなさそうか」、まずその言葉がまずある。
ある勝負に「勝つ、勝てない」「チャンピオンになる、なれない」「可能か、不可能」かという意味で自信は二者択一の世界かもしれない。
「自分ならできる」「他の人にできなくても、俺なら勝てる」「自分こそ可能なんだ」ということは、つまり自信そのものだ。
自信がない人は勝負しないうちから、「自分には無理だろう」と思ってしまう。
スランプの時は「みなができても、自分だけはできるわけ無い」という自信喪失だけが強化される。
マイナス思考からはよりひどいマイナス思考しか生まれない。
自信喪失から自信が生まれることはあり得ない。
しかし、人間は理性が発達しているから、考えれば何か突破口が開けると淡い希望を持ってしまう。
これが墓穴を掘ってしまうことだけど、残されたスランプ対策法はそれしかあり得ないと思ってしまう。
立ち止まって考えることはスポーツをやる上で一番いけないことだが、日常からそれを続けていたらスランプが襲い続けるのは当たり前のこと。
いつのまにか昔持っていたはずの自信まで距離が遠のいて思い出せなくなる。
自信は「絶対的に可能にしてやる」「不可能を可能にしてしまう」こと自体が、大きな自信のベースとなる。
相手は強いけれど、勝ってやる! という風に。
でも、「俺は自信が持てる、自信がある!」といくら頭で言い聞かせたところで、何の足しにもならない。
そんな経験を誰もがしている。
簡単にうまくいったら誰も悩まない。
本当の裏付けとなる自信は心の中で念仏のように唱えるんじゃなくて、したことが自信だ。
要は結果だ。結果が自信だ。
そして自信が結果を生む。
覚悟を持って動いて、傷ついて、リスクを乗り越え、結果を出して自信になる。
結果が百パーセントの成功じゃなくても、それがもう自信なんだ。
10%の成功でもいい。
だから、自分が決める目標設定と自信は強く関係してくる。
誰もが全勝できるわけじゃないし、いい記録を出し続けられるわけでもない。
百パーセント成功しないって言うことは、これでは成功できないと言う証明でもある。
前は90の失敗、次は失敗が50になったら、その分の上達は、打ち消せない自信になる。
だが、そこを終着点となったら、その選手は終わりだ。
一生自信は持てないし、自信喪失を積み重ねていくだろう。
勝負に負けたが、それは目的達成のための途中経過の第一歩でしかない。
その次は90%成功するかもしれない、60%かもしれない。
自信は、積み重ねを見るか、失敗したパーセンテージを見るかのメンタリティによってまったく増えたり減ったりする。
たとえ100失敗したというけれど、100失敗したという「結果」をつかんだこと自体が、そこで目標設定とそこまでのシミュレーションの思考があると、必ず自信につながる。
その前提で、ちょっとでもうまくいくと、自信が増す。
だから覚悟を持って動いて勝負をかけた結果は、何にでも自信につながる。
立ち向かっていかなければ何にも自信は得られないし、考え方を変えなければ、自信喪失だけを得ることになる。
成功とズレは同じことだと思う。
ずれてなかったら、成功できない。
だからズレというものは人並み以上の力、能力、執着心、人並み以上のチャレンジや冒険、発想というもの。
それなくしては一流アスリートになれない。
ズレは幸せになる要素だ。
このスポーツを努力してきて良かった、さらに言えば生まれてきて良かったと思う、究極の武器である。
アスリートとして走りつづける、そして成果を上げ続ける武器だ。
スポーツ選手は、他の世界よりも、ズレを追い求め続けるべき。
楽しむためのスポーツは当てはまらないが、勝負に徹する、頂点に立ちたいと思っている人、プロ選手ならばどんな選手よりもズレることが大切になる。
要はスポーツの世界はずるい、汚い、抜け目がない。
スポーツマンシップというのはいわば紳士協定だ。
プロになればなるほど、語弊を恐れず言えば、ずるくなるし、汚い。
オリンピックでメダルを取れる人間も同様だ。
汚さを更に超越した段階のズレがないと、一流の部類に入っていかない。
スポーツに対しての認識から、あたらしい認識から植え込まないと難しい。
ズレとはいわば不可能を可能にする起爆剤であり要素だ。
不可能なことは不可能というのが一般の考え方だ。
さらに悪いことにスランプの時は、可能なことも不可能になたらどうしようと怯える。二度と失敗しないように誓う。
悪い方向にズレてしまう。
いいズレを持って、トップに邁進していける人、ずっと保ち続けられる人は、たとえば人ができない技術を開発しようと決意する。
そうすると不可能という辞書はその人から存在しなくなる。
何とかこれを技として使えるようにしたい、と思ったら、不可能といっている暇はない。
開発するだけなのだから。
不可能を可能にするということをやっている。
そのメンタリティはあらゆる心理的要素の中で最強のものだ。
不可能なことはないのだから。
いかに悪いズレをなくし、いい方向へのズレを構築するか。
それが、大成功への鍵であり、またそれを強力に推し進めていくプログラムがある。
また勝負は非情だ。
勝つためには要はトリックを使ったり、騙したりする必要性があるかもしれない。
騙すこと、トリックを使うことに異常なズレ、喜びを感じて、燃えるくらいにやらないと伸び率が悪い。頂点に立てない。
特にプロ選手はそうだ。
今一度頂点に立っているアスリートを思い起こして欲しい。
紳士然としている選手も、ずるい部分を見つけ出せるに違いないから。
いいズレを作り出すためにも、新しい思考回路を脳に条件付ける。
感情・感覚の世界である無意識から構築していく。
他のスポーツ選手以上にずれるための要素を植え付ける。
といっても、日常生活でずれてしまうものではなく、勝負の世界の中で勝ち残るために必要なズレのことだ。
そもそも、スポーツ心理学の本・メンタルトレーニングのマニュアル本を読んでも「ズレ」を身につけることはまずできない。
というのは、その時点で定番であり、ありきたりであるから、ずれるどころか平凡に埋没してしまう。
たとえばベンチャーの起業の講習会があったとする。
平凡のありきたりな人は参加するが、本当にベンチャービジネスで成功できる人はもう自分ですべて考え出して、とっくに走っている。
それもスポーツ心理学・メンタルトレーニングの世界でも全く同じ。
人と同じ視点・考え・方法論を身につけようとしている瞬間に、トップクラスの選手は自分で開発し、完全に習得してとっくに走り去っている。
マニュアルがただの気休めになればいいが、人と同じことをしている瞬間にそれだけ自分が遅れてしまっていることを考えれば危険な考えだろう。
だからこそ、常にいい意味での「ズレ」を自分に課さなければいけない。
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