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神経症克服セミナー(東京・大阪) 覚醒瞑想、成功哲学、自己啓発 神経症克服プログラム 対人恐怖、うつ病、パニック障害、社会不安障害克服へ あがり症克服セミナー・話し方弱点克服セミナー(東京、大阪) 不登校克服プログラム・不登校親支援プログラム
神経症克服セミナー(東京、大阪)

対人恐怖症 うつ病 パニック障害 社会不安障害 ストレス障害 トラウマ
不眠症 自律神経失調症 アダルトチルドレン PTSD 不安障害  克服

他では改善されなかった、どこで相談しても気休めで終わった方もここは違います。1度目から違いを感じます。根本からの改善に多大な実績あり。人生を諦めさせません。神経症でなくても、心の悩み全般を扱っています。


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各プログラムの予約の方、ご検討中の方のご不明点・疑問点などお気軽にお問い合わせ、ご相談下さい。岩波先生の技術に精通した当所担当が丁寧にお答えします。
※岩波先生の神経症や悩みの根本克服技術に、世界中でかつてないほど強い引き合いがあります。今後は現在の形式でプログラムが行われる可能性は少なくなっております。お早めにお申し込み下さい。


 世界唯一、【脳内無意識訴求技術】による神経症克服

トラウマと抑圧を終わらせます

ただ一度しかない人生に、神経症は終わりのない苦しみをもたらします。
貴重な時間が台無しになり、報われない忍耐をし続け、人生を潰してきた。
それでも明るい未来を想像できない。
克服の努力が逆に神経症を悪化させていく。
あれほど普通になろうと精神力を削ってきても、何にも変われない、根本に手が届かない!

今悪ければ未来はもっと悪くなる、今変えられなければ一生変わらない

その神経症に短期間で劇的な効果が出ています。
従来の克服方法の効果の限界を遥かに超越した世界のどこにも存在しないプログラムです。
あまりの効果の実感との差と根本的な克服手法に驚かない人は一人もいません。


世界からも高い評価、多大な実績。薬を使わない根本悩み克服法

世に『カウンセリング、自律訓練法、自己啓発、瞑想、内観、薬物療法、催眠療法や森田療法、認知行動療法、前世療法』と神経症を克服するための心理療法があふれています。

すべてをやっても症状が好転しなかった人が、沖縄から北海道までの日本各地からはもちろん、海外からも多く通われています。 夢破れた人であっても、最後の望み、ここでダメなら他では絶対に無理だという評価をくださっています。


精神的自然治癒力再生、悩みルーツを徹底破壊、不可能だった神経症克服へ


マイナス、弱点、トラウマ、感情的抑圧を根こそぎ浄化・リセットさせながら、失ってきたものの何倍も取り戻せます。
脳覚醒トランス状態が深まると、精神と脳の自然治癒力が発動するようになり、悪循環が完全に断ち切られます。
悩みの本質が見えて、勝手に脳が回復していってくれます。

神経症は必ず本能・情動レベルに原因が隠れています。それを見つけ出し処理できるのはここだけです。



何をやってもダメだった人に奇跡が起きています


ここまで無意識と脳内の奥底の悩みに強力に訴求可能なプログラムはありません。

岩波先生のみが可能にした高次元の技術があります。

どんなにあがき続け時間を潰してきても説得不能だった無意識の自分、それをコントロールできるようになります。


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神経症克服プログラムの紹介

短期劇的克服へ

まるで『呪い』のような神経症の苦しみ

異常な集中力、能力開発、神経伝達物質分泌効果

神経症の恐怖は、時間とともに心身を蝕み、もがくほど『呪い』のように取り憑いていくことです。
強固な意志でも悪化する。 知識や理屈でも歯がたたない。
無意識・潜在意識から治そうとしても、手が届かないもどかしさ。


苦しい時間だけが過ぎ、暗い憂鬱な未来が待ち構えている…。
試行錯誤しても、解決の答えは見つからない。

過酷な現実の前に絶望している間に、マイナスの感情は増幅し、さらなるマイナスを拡大再生産していく連鎖が待っています。


10年前に神経症で苦しんだ人は、10年後もずっと治らない・・・。 ということは、10年後に結果が出ていないと、20年後もそのまま続いていく。
生き地獄の神経症が人生そのものとなる方の数は非常に多いです。


どう解決していいかわからない神経症、時間で悪化していく…だから神経症を克服できない


無意識の奥底まで染みこんだ神経症反射回路とトラウマと感情的抑圧は、どんなプロでも対処できません。
だから人生をかけた自助努力でも症状への執着を強化し、常に苦しみを味あわせ続けます。

そして、自動的悪化回路に入り、苦しみは増し症状が広がっていきます。 神経症克服に至らないのは、努力不足・能力不足だからでは決してありません!
解決できなくて当たり前なのです。
治る位置と違う場所(理性、意識の表面)で頑張ったことがアダになって、悪循環に入ってしまっただけです。


この技術じゃなければ神経症克服の夢は一生かなわない


不可能と言われた根本解決と精神的自然治癒力構築がここでのみ可能です。
多くの方が問題を劇的に解決していますので、希望を強く持ってください!
当神経症克服プログラムにより、貴方の神経症の苦しみの連鎖が終わります。
(※予約殺到のため人数制限をかけております。新規予約の空きがある場合はお早めに予約をお取りください)


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このような方が神経症克服プログラムを受けています

1.親の歪んだ教育や虐待、あるいは両親の中の悪さや機能不全家族により、自己肯定感が芽生えず、生きていて苦しいことしか無い。アダルトチルドレンである

2. どんな手段で神経症対策をとっても、苦しみだけの時間が過ぎていき万策尽き果てている

3. 神経症の悩みのせいで、莫大なエネルギーだけを浪費し何の見返りも得られないことばかりだった

4. 将来の神経症好転など考えられない。それでも万が一良くなっていることだけを願い、日々生きてきた

5. 思春期の一番輝かしい時期を神経症で台無しにしてしまい、普通の人との比較、ギャップも落ち込みの原因になっている。自分の境遇を恨んでしまう

6. 神経症さえなければ何でもできるのに・・・しかし、現実にできない現状を呪っている

7. このまま神経症が続いていったら、生き地獄以上の苦しみを味わう可能性が高い。その恐怖感を考えたら、血の気が引いてしまう

8. 人からどう思われているか異常に気になり、病的に引きずってしまう。自分がいるだけで相手に迷惑をかけてしまうと思ってしまう(対人恐怖)。

9. 人とコミュニケーションがまともに取れず、バツの悪い思いをしてしまう。そのため人から変な人間と思われるのが辛くてたまらない

10. 常に不安を拾って勝手に不安が増幅していき、身動きが取れなくなってしまう。気のせいだと思おうとしても、強迫的にマイナスの感情に支配される

11. 対人緊張が強く、初対面の人に対して異常に身構えてしまう

12. ある程度仲良くなった人に対して、非常に気まずくなりぎこちなくなる。相手に負担を強いている恐れを抱き、仲良くなることへの恐怖感がある

13. 自分の対人緊張が強いため、友人、恋人ができない。できたとしても決して症状に気づかないタイプの人と付き合う

14. 抑うつ状態がひどく、マイナス思考とマイナスの感情のスパイラルからどう頑張っても抜け出せない

15.パニック発作への予期不安がひどく、発作が起きた時の周囲の目、迷惑、発作への恐怖心で、ボロボロになっている。パニックさえなければ何にも悩みはないだけに、絶望的になっている

16.人の目を見て話すことができず(正視恐怖症)、根本的なコミュニケーションが取れず、社会でも私生活でも普通に生きられない

17.毎日学校が症状のせいできつくてたまらない。授業に集中できず、ひたすら時間が過ぎるのを耐えている

18.脇見恐怖症で脇目の視野に入った対象に異常に引っ張られてしまう。眠ったふりをしてやり過ごすしか無い

19.赤面症で人と接する時、気が気でない。それを指摘されたら生きていけないと思っている

20.常に神経が過敏すぎ、ちょっとした音や不安になること、人の言葉に病的なほど心をえぐられる

21.自分の視線が人に迷惑を与え、緊張感を与えてしまっている。相手を落ち着かさせなくさせてしまい、自分はもっと落ち着かない。逃げ出したい(自己視線恐怖症

22.他者の視線に異常に恐怖を持ってしまい、最悪なほど落ち着かなくなる(他者視線恐怖症

23.一度気になってしまった対象(観念、視線、不安なことなど)をもはや自分の意志で気にしないようにできず、逆に執着が増し、気にしたくない人でも病的にまで気になってしまう

24.自律神経が乱れ、更年期障害がいつまでもひどく、毎日が症状を意識して追いつめられ、うつ状態になっている(自律神経失調症、更年期うつ)→更年期障害克服セラピー

25.不眠症で夜眠ろうとすると神経が過敏になり、眠るのが怖い。明日の仕事がきつくなるため、より眠ろうと努力するが焦りだけが先走り、体調がきついまま仕事に行かなくてはならない→不眠症解消セラピー

26.過去と現在のストレスのあまり過食と拒食を繰り返したり、吐きダコができるほど過食嘔吐である(摂食障害

27.いじめのトラウマにより、対人恐怖が時間とともに強まっており、人に対して反射神経で身構えてしまう

28.つらい感情や記憶を抑圧し続けて幼い頃から生きてきて、自分をなくし、いい感情が出てこず、悪い感情のみ常に味わいやすい


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神経症克服プログラムの体験談・症状の体験談

(40代 海外在住ヨガ講師 女性 神経症の症状:うつ病・ストレス性障害)

私はアメリカでストレス性障害とうつ病に陥った。
現地の病院に通った。それも何軒も。
ですが、SSRIやSNRIを乱発されるだけだった。

病院のうつ病患者さんも見ても、薬の副作用なのか、みな焦点が定まっていない眼、虚無を見ているような目をしていた。
個性や輝きを殺す薬に私はすごく恐ろしくなってしまった。
抗うつ薬以外での治療法を試した。ヨガ、精神分析、認知行動療法、TMS、マインドフルネスなどどれもうまくいかなかった。
どれも深い部分で治療できない気がした。
これをずっと続けていても、私は苦しみがひどくなるだけで、一生治らないかもしれない。
さっぱり上向かないうつ病の症状に、不安でたまらなくなった。それで鬱がもっと悪化した。

先生のうつ病克服プログラムを知ったのは、アメリカ在住の日本人の知人から教わりました。
彼女も岩波先生の指南を受けた方で、「受けないまま悩み続けることほど愚の骨頂はないよ!」と推薦されました。
海外から通っている人も多いとのことで、私も日本で先生にお会いするしか解決の道は無いと思った。
夫に許可をもらい12時間飛行機に乗って受けにいきました。

昔のように体のだるさがまず消えて、熟睡できるようになり、人付き合いが苦にならなくなりました。
いらいらや不安感やうつの調子も改善され、再びアメリカ生活を満喫できるようになりました。
快調だった頃のようなコンディションに戻り、生きる喜びを岩波先生に取り戻させていただきました。
救っていただきありがとうございました!!

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(30代 医師 男性 神経症の症状:不安障害)

施術中はひとかたならぬお世話になりました。
岩波先生の導く無意識が顕在化する世界には度肝を抜かれました。精神科医なので、知識と臨床経験はもちろんありましたし、自分自身で自律訓練法、瞑想、自己催眠も熱心に追求しておりましたが、それらが低次元で甘いものだったと痛感させられました。
先生が別次元で、先に進みすぎているとも言えると思いますが、そこまで技術を育て上げたことに敬意を表します。

その職に就こうと思ったきっかけは、私自身の無意識への興味からでした。といいますのも、親絡みの抑圧を感じ、幼き頃より生きてまいりました。両親とも真面目で、愛を持って厳しく私たちを育ててくれました。それに対して愛情を感じましたし、親を尊敬し、感謝の気持ちも持っていました。
しかし、私の偽らざる無意識での捉え方は違っていたようです。潜在意識の底の部分では、親のしつけ方法は、のびのびと個性と能力を私が発揮することの障害となっていました。それが顕在意識に生きづらさとして顕現したのは、医学部在学中でした。
実態のない孤独、不安といった悪い感情に度々襲われるようになっていきました。意志の強さや精神医学の知識や本での知識では制御不可能なものだっただけに、内面の重要性をより感じるようになりました。
それまでの半生を見つめなおすたびに、無意識の世界の屈折した問題に興味をもち、精神科医になりましたが、知識だけではどうにもならない事態に直面し続けました。そんな折、岩波先生のHPを見つけ、強く心惹かれました。

最初は精神科医としてのプライドもあり、受けるかどうか迷っていましたが、常識外の新しい世界を経験し、抱えてきた無意識の問題も解決することを考えたら、そんなプライドは邪魔以外の何者でもありません。意を決して受けましたが、すごいの一言です。精神医学に精通した人間でも、瞑想を極めた人でも驚かない人はいないと思います。
お陰さまで、無意識で抑圧してきた矛盾した感情への整合性がとれ、今では生きにくさはすっかり消失しています。
先生にしかできない特別な施術で、これからのますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

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(10代 高校生 神経症の症状:脇見恐怖症)

高校生の時に救っていただきました! 今では大学で楽しくやっています! ほんとうにありがたいです。ありがとうございました!
自分で神経症克服プログラムを見つけ親に頼み込んで受けさせてもらいました。多くの脇見恐怖症の人が良くなっている体験記を読んだからです。


私は高校一年から脇見恐怖にかかってしまいました。教室で授業を受けている時、隣の人の視線が気になってしょうがなくなり、視線が私の意思(別に見たくもない!)とは逆にいってはいけない方向に向かってしまうようになりました。
すごく努力して視線を脇見にならないように頑張りましたがもっと気になってしまい、死ぬほど疲れます。
神経が張り詰めたりビクビクしたり頭が重くなったり発狂したくなるぐらいきつかったです。
帰宅したらぐったり死んだようになっていました。何をする気も起きません。
治らずに生き続けることを考えたら死んだほうがマシだとずっと思っていましたし治っていなかったら今頃どうなっていたのかな……と思います。

 

私の脇見被害を受けた人はみんな私のことを変とか迷惑だと思うようになり、あるグループにとても嫌われるようになり学校に行くことも地獄でした。
なぜ私だけこんなひどい目に自分にあわせられなければならないんだろう……何に対して憤っていいのかわからず鬱憤と悲嘆で頭がおかしくなりそうでした。

授業に集中できずテストではカンニングと疑われないかということもすごくつらかったです。
家族に話してもやっぱりわかってもらえなくて誰にも相談できませんでした。
私のつらさをわかってくれたのは神経症克服プログラムを受けた脇見恐怖症の人たちだけでした。

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(30代 海外在住 神経症の症状:うつ病)

私は海外で、鬱症状に悩まされていました。人生に完全に行き詰まりを感じもがいているときに、たまたま海外から通ってうつ病を克服した方の体験記と出会いました。そのおかげで、根底から心の負荷を浄化させるプログラムを知れました。遠くから通った覚悟も報われ、今も海外生活や仕事に張りあいを持って頑張れております。

うつ病の原因はプログラムではっきり気づくことができました。大学を卒業し、社会人になった頃からずっと自分がなく、不安と心の闇を抱えて生きてきました。それでも、なんとか折り合いをつけて頑張り続け、海外赴任を任されましたし、その目的がかなったので嬉しかったです。
ところが、心の闇を隠しつつ、 自分を偽り、常に欠乏感や不安と戦いながら生きてきたため、遂に限界が来ました。
外面的な部分で言えば、誰も私がそんな人間だとわからなかったと思います。しかし、その不安が心の奥底にあることを知りつつ無視し

続けてきたせいで、不慣れな海外生活、対人不安、仕事の重圧、得も言われぬ孤独感で、精神安定の崩壊という現実を招く結果になってしまったのでした。

このままだといけないという思いから、うつ病闘病中は、あらゆる本を取り寄せ読み漁り、立て続けにこちら(海外)のカウンセラー、自己啓発セミナー、瞑想や催眠療法などで何とか対処しようとしました。こちらでは比較的ハードルの低い精神科に通ったこともありましたが、薬漬けの恐怖からやめました。うつ病の方は日本と比べ物にならないくらい多いのですが、過多の薬依存で多くが廃人同様になっていることを知ったからです。
どの方法も根底から解決してくれるものではありませんでした。このままだと苦しくてたまらない鬱症状のまま、今後も同じ展開ばかり繰り返す恐怖があったため、心の根底から変わる方法を探しました。その時に、画期的ですが、言葉では表現できない驚くしかないこの解決方法を知るに至り、遠くからでも受けようと覚悟を決めました。私には残された時間がなかったからです。異国の地で本当に切羽詰まっていました。

 

わざわざ海外から通った甲斐がありました。海外赴任前に心の底の問題に決着をつけておくべきだったのかもしれませんが、結果オーライです。一人で孤独にもがいて苦しんだ経験があるからこそ、それに比べたら今はなんでも乗り越えられる強い保証をもらったようなものです。雨降って地固まる。私にとって人生が終わるかどうかの瀬戸際でしたから、今の状態がどれだけ幸せなことなんだろう、、、としみじみかみしめております。

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(20代後半 会計士 男性 神経症の症状:うつ病)

プログラム4回目でうつ病を克服しました。
1年ほど前に激務と職務内容にやりがいが感じられなくなり 病院でうつ病と診断され苦しんでいました。職場には何とか行っていましたが わずかな睡眠時間しか確保できないのに眠れず、気分も落ち込んでいました。 1回目のプログラムを受けた時、期待をかなり超えた感覚を得て驚き、 帰宅後も確かに良くなっている感覚が続いていました。
4回目でうつ病は治ったと実感しました。

その後2か月ほどは同じ職場で働いていましたが、転職を決め、 先生に相談し、次からはコミュニケーション能力向上のプログラムを 受けました。 自分がここまで変われた事を先生に心から感謝しています。

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(20代 大学生 男性 神経症の症状:赤面症・視線恐怖症)

対人恐怖症でした。
高1の時に、友達に顔の赤さをに指摘されたことから赤面症がひどくなり、自己視線恐怖、脇目恐怖、他者視線恐怖症へと悪化していきました。授業中いつも落ち着かず、緊張が激しく、神経過敏で、周りに迷惑をかけてしまい地獄を経験しました。大学に入ってから、薬を飲んでも良くならず、希望を失い、対人緊張で毎日死にたい思いをしてました。
良くならなかった場合、冗談じゃなく死ぬしかない状態でした。本当にありがとうございました。

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(30代 会社員 男性 神経症の症状:強迫性障害)

無意味でうれしくない強迫観念と共に生きてきました。
うっすらと強迫観念は小さな頃からあったかもしれませんが、高校二年に何の脈絡もないイメージにとらわれたり、頭のなかでずっと音楽が流れ続けて、私の意思に反して消えませんでした。
不安の時間と普通の時間が交互に訪れていましたが、不潔恐怖と洗浄強迫に取り憑かれてからは、安心の時間が徐々に削られていきました。

バイ菌がついているのではないか? 石鹸が完璧に落ちていないのでは?と思いさらに手を洗う時間が伸びていきました。
学生寮のみんなには変わった奴だというレッテルを貼られましたが、それでも強迫観念と強迫行為を抑えられません。
自分ではばかげたことをやっていると十分承知していましたが、止めようがありませんでした。
他にも特定の数字を気にしたり、縁起恐怖になったり、回避するためのおまじない対策をしたり、強迫観念が現れたり消えたりして何とか人生からドロップアウトせずに生きてこれました。


先生のおっしゃるようにストレスが高まった時に強迫観念や強迫行為がひどくなっていたと思います。
もともと対人的な不安は無かったのですが、強迫行為のせいで周囲とズレが生じていき人間関係もうまくいかなくなりました。理解してくれた友達も結構いたものの私を理解せず疎外する人間も多くて、人間関係のストレスがひどくなると強迫神経症が悪化していました。


それ以外でも、なんとも言えない表現できないような漠然とした不安感があり、安心というものをすっかり忘れてしまったのはお世話になる一年前でした。
サラリーマンをやっていても仕事が手につかなくなることがあり、取り憑かれている間は怠けているように思われてしまい、症状を受け入れてくれる最愛の妻や小さな子供もいたので働けなくなるとやばいと思い始めました。
強迫観念と強迫行為に今後も苦しめられ続けなければならないのかと思うと絶望感しかありませんでした。

だからこれしかないと思った神経症克服プログラムを受けました。料金は想像以上でビックリしましたが(笑)、今思うと先生の能力から見たら安すぎだと思います。他に並ぶものが誰も居ないのだし。

岩波先生はとても明るくて良性のオーラに満ち溢れた人。自信の強いエネルギーを感じました。考え方もはっきりしていて動じない人だと思いました。疲労困憊だった私から見たら輝いて見えました(笑)。上司に先生のような人がいたら強迫観念が悪化していなかったと思うぐらい安心を感じる方です。
それに加えて先生が開発して長年研ぎ澄ましてきたという脳覚醒誘導技術の威力に腰を抜かしかけました。
強烈、衝撃、凄さ。
そして、ものすごく時間が長く感じる感覚、生きていてよかったと思える幸せの感覚、日々のストレスが一発で吹き飛び生きる希望が湧き出てくる感覚、毎回超越するトランスの深い感覚、悩んでいることが馬鹿らしくなってどうでもいいやと思える感覚、何にもとらわれていない安心と自由の感覚。
書き出せばきりがないけれど、どれも最高の体験でした。


悪化の進行が完全にストップして、ギアがガガガッと逆回転して強迫観念が非常に少なくなり、安心の時間ばかりになっていきました。
これで仕事が思う存分に出来ますし、妻や子供を養い育てることができます。
もし岩波先生に会っていなかったら、人生からドロップアウトして家族を不幸に巻き込んでいたのだと思います。
先生がこの世にいてくれて、同じ時代に生きることができて幸せです(笑)

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(40代 女性 経営者 神経症の症状:娘の社会不安障害)

娘が先生に大変お世話になりました。
わたし一人の力では娘を救うことは不可能でしたし、娘もとても人間関係や対人恐怖で苦しんで、現状を変えようと頑張ってきましたが、どうにもならずに未来を諦めて、殻に閉じこもってしまいました。
娘の「もうダメ、生きられない!」という苛立ち、悲しみ、焦り、不安の心の叫びを私はどうしてやることもできません。

本当に悔しかった。なんとかしてやりたいけれど、方法なんてなかった。

わたしや娘がカウンセリングに数多く通っても、精神科や心療内科でお薬をもらっても、なんにも心に響いた治療はできなかった。

もっと問題は根深く、思っている以上に厄介でした。
娘の心の奥底に岩波先生の神業クラスの技術でインパクトを起こさない限り、私共は未だに暗闇をさまよっていたと思います。
家族みんな救われました!

本人も小学生以来の本当の自分、生きる喜びを取り戻せ、家族にも笑いが戻ってきました。

わたしも娘の先行きの不安や不憫さで、うつ状態にずっと陥っていましたが、先生の施術で心のストレスが洗い流されました。

なんでもっと早く通わせてやれなかったんだろうという後悔があります。
でも、過ぎたことは悩んでもしょうがないですよね。
これからの娘と私の幸せ、家族の幸せだけを考えていこうと思っています。

娘は青春真っ盛りです! 日々をとても楽しそうに過ごせてます!
わたしもまだまだ人生の先行きは長いです。
娘に負けないよう、わたしも仕事を含めて、人生をたくさんエンジョイして生きるつもりです。


(追伸) 悩んでいた経営の方向性について、先生ならではの独自視点から大変ありがたいアドバイスをいただき、そちらでも大変なお世話になりました。ありがとうございました!

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(30代 会社員 女性 神経症の症状:うつ病)

部署の異動をきっかけに、そこでの人間関係、雑務が増えたストレスでうつ状態になり、プログラムを申し込むことにしました。
ストレスからくる抑圧は現在すっかり解消でき、うつ状態が嘘のように晴れました。 見えている景色も全然違います。
トランス呼吸法をやりこなしていけばいくほど、楽になっていきました。 岩波先生に出会えなかったらと考えるだけでも怖いことです。先生には感謝しています。

(20代 会社員 女性 神経症の症状:脇見恐怖症・自己視線恐怖症)

☆お礼☆
自己視線恐怖症・脇目恐怖症克服の件では大変なご厄介になりました。
毎日が絶望の中生きなければならない運命だったのが、プログラムに参加できたことで(最初は劣等生でしたが)、症状もやわらいでいってやっと人並みに生きることを楽しめるようになりました。
何にも考えずに明るく生きていた頃の私を取り戻すことができました。結婚もできました。昔はどんな人とでも目を合わせて話せなかったから結婚なんてできないと諦めていました。本当にありがとうございました。

脇見恐怖の苦しさはなった人じゃないとわからないと思いますが、もし良くならなかったら事故死に見せかけた自殺を具体的に考えているほど瀬戸際にまで追い詰められていました。
神経症段階に嵌り込んでしまったら強い意志の力でも変えられないものですね。特に視線や脇見は。そのエネルギーが症状の悪化に向かってしまうから厄介でした。


☆脇見恐怖と自己視線恐怖☆
自分の視界や視界の端っこでも一瞬でも人が入ると、相手を異常に意識して引っ張られてしまい、視線を向けてしまう、もしくは送っているのではないかという恐怖がありました。
そのせいで人が迷惑をしているし、その場に居れません。逃げ出そうとしても無理な場合は眼をつぶるしか避ける手段がありませんでした。失明したほうが絶対に幸せに生きられると思っていました。

自分では視線の焦点を黒板や教師などに合わせたいのに、どうしても視野に入る人が気になってしまい、自分の視線を意識から外すことできない。
人がこちらを見ていたり、見ているかもしれないと思うともっと気になってしまってどうしようもなくなる。
私が自分の意志と反して相手を見てしまっているかも、私の視線に気づいて迷惑しているのかも、最初は気づかなくても私の視線で嫌な気分を感じ始めるのではないか?という悩みがありました。

 

☆職場や日常でのきつい毎日

きつい状態のまま大学を卒業して会社で事務仕事をしても、パーテーションに区切られていないデスクで周りに人がいる状態では落ち着いてできませんでした。
集中してパソコンに視線をやりたいけれど、向かいの人や隣の人や近づいてくる人に意識が無いてしまって、本当にきつかったです。
勝手に気になる対象の人を見ないようにしよう、意識しないようにしようと強く念じても、異様に肩こりや首が痛くなり、目がとても疲れました。
精神面も疲労感で一杯で、仕事が終わった後は何もやりたくないし、翌日の出勤を考えると死にたくなっていました。
普通に視線で送ったり振る舞おうとしても、無理をしてしまいどうしてもぎこちなくなり、相手から変に思われました。
そんな自分が嫌で抹殺したいくらい脇見恐怖や自己視線恐怖に人生をボロボロにさせられました。


電車でも美容室でもレストランでも人がいる限り私に落ち着いた時間はありませんでした。
職場と同じことを繰り返すだけで息が抜けるときは、部屋に一人で引きこもっている時だけです。それでも職場のことを考えると不安でたまらなくなって泣きはらしていました。
視線恐怖になるまでは、視線のことなんて考えたこともなかったのに、常に人の視線、自分の視線のことしか考えられなくなりました。


なるべく人の視線に晒されないように、自己視線が外に漏れないようにデスクの上を工夫していましたが、それも無理な態勢でパソコンを見なくてはいけないので、身体への負担にはねかえり、頭皮が固まり、目が疲れ、肩や背中が張り、集中力がないまま毎日地獄のような生活をしていました。
人の何十倍も疲れてきって、死んだほうがマシだといつも考えざるを得ませんでした。視線恐怖で周りの人に迷惑をかけて申し訳なくなり、何度も会社を変えました。一年も仕事が続いたことがありません。
多くの脇見恐怖症の人がいることを悩んでから知りました。一刻も早く抜け出せることを心より祈っています。

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(30代 主婦 女性 神経症の症状:社会不安障害)

結婚を期に専業主婦におさまりましたが、会社員時代は社会不安障害でボロボロでした。逃げるように結婚し、幸い逃避場所を確保できました。
しばらくは家に居たため、学生時代からの辛い神経症の記憶は遠のいていましたが、子供の学校行事、役員、地域の会合、ママ友との付き合いで、逃げきれない状況に追い込まれました。ここで変わらなければ子供にも悪影響を与えてしまうし、子供には絶対私に似て欲しくなかった。私も逃げるのはもう嫌でした。絶対に克服して胸を張って生きたかった。

岩波先生のおかげでずっと私を縛り続けていた神経症が消えていってくれました。子供にもこれから良い影響を与えたいです。そして私のような苦しみとは無縁のたくましい子に育って欲しい。生きるチャンスを与えてくださりありがとうございました!

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(30代 主婦 女性 神経症の症状:産後うつ・不眠症)

産後うつと不眠症の件で先生には本当にお世話になりました。
私自身がうつ病で苦しいことに加えて、母の闘病の末の死、子育てを巡って夫婦関係がギクシャクしてしまったり、子供に一時的に愛情が持てなくなったり、子供への今後の悪影響への罪悪感を考えると、一番最悪な精神状態の時期がありました。
そんな時に先生に出会えて本当に本当に良かったと思います。

産後うつの症状は眠りに落ちそうになると逆に神経が高ぶってしまう不眠症から始まりました。
以前は何にも考えずに眠れていたのに眠ることがトラウマになってしまいました。
同時に子供へもどう接していいかわからず、とにかく不安とイライラがひどかったです。
旦那は仕事が忙しく、私たちに無関心で一人孤独でした。
いつか子供にあたってしまうのではないかという恐怖もありました。

産後うつだと診断されてから旦那は早く返ってくるようになりましたが、そのイライラを旦那にぶつけて毎日が喧嘩の日々でした。
公園やショッピングにママ友達と一緒に行っても、なぜみんな子育てをうまくやっているのに自分はできないのか悲しくなりました。
毎日が不安とイライラと悲しさだけです。心はぽっかりと空虚でした。
子供を何とか育てようという気力だけで乗り切っていましたが、それでも子供が私の悪い影響だけを受けて将来苦しむんじゃないかと考えると罪悪感で一杯でした。 こんなママでごめんね、許してねといつも申し訳ない気持ちで子育てをしていました。
存在を消し去りたいという強い思いも出てきてしまい、子供も道連れにしてしまわないかという不安から色々な治療法を手をつくして探しました。
恐ろしい心中事件をニュースで見ると他人事ではありません。

そしてやっと見つけ出すことができたのが先生の心理プログラムでした。 子供を預ける所を幸運にもすぐ見つけることができて通うことができました。
私には笑顔にしてあげたい子供がいます。だけどどうしても私一人でも夫婦二人でも無理でした。
子供と一緒に笑いあって生きていきたい。一家で幸せに暮らしたい。
こんな当たり前ができなかった私たちに、当たり前の幸せを取り戻させていただきまして重ね重ね感謝いたします。

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(40代 公務員 男性 神経症の症状:うつ病)

うつ病にずっと苦しめられていた兄が妻子を残して自死してから、急に恐怖と不安に襲われたことがきっかけで、私もうつ病を発症しました。一切の遊びも許されないような超封建的な家庭環境で、兄と私は育ちました。妬ましいくらい優秀な兄でしたが、そのしわ寄せをモロにかぶったようです・・・・・・。
仕事のストレスでテンパっていた時に、兄の自死のショックで、ギリギリ精神的な平衡を保っていたものが音を立てて崩れていきました・・・・・・。
それから、自己卑下、マイナス思考に全エネルギーが費やされました。悪い思考を抑えることができず、兄と私を作ったひどい生育環境を呪いました。兄のように私もなるだろうという不安しかなかったです。

妻にも苛立ちを向けてしまい、ひどい暴言を吐いては、自己嫌悪に陥るのを繰り返しました。妻にも世間にも申し訳が立たず、兄のように消えてなくなったほうが世のためだと思うぐらいまで悪化しました。つらい状況が二年続きました。
こんな苦しさ、人への迷惑は二度と味わいたくありません。私のうつを病根から解決してくださり感謝していますが、兄にも一刻も早く受けさせてやりたかったです。それだけが心残りです。

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(20代 大学院生 男性 神経症の症状:正視恐怖症)

16歳の時に、正視恐怖症になり、急に、人の目を見て話をすることが恐怖になりました。 それまでは、なんの意識もせずに、誰とでも目を見て話しができて、普通に楽しく会話を出来ていたんですが、突然、異常な意識が僕の視線にかかることで、相手に不快な思いをさせていることに恐怖を感じました。
実際に、友達は嫌な顔をしたり、こわばった顔をしたり、急に罪悪感というか申し訳無さを感じました。同時に、人の視線も怖くなり、それから、4,5年間、視線恐怖症と対人恐怖症がなすすべなく悪化していきました。

催眠療法や向精神薬に頼ったものの、どれも効果が出ず、こちらに通う頃には、緊張と恐怖心のあまり、人とまともに話すことすらできなくなっていきました。挙動不審人間として陰口を叩かれるぐらいでした。
就職も働くことも絶対に無理だと諦め、院に進みました。将来、このままだと確実に終わること(もう終わってましたが)の不安で進退きわまっていた時に、無意識への技術の評判を知りました。

すごい技術力の高さにあっけにとられましたが、先生のご支援で早期に正視恐怖症を克服できました。
対人関係でも自信を取り戻し、就職も決まり、失ってきた時間をこれから奪還していこう思っています。先生がいなければ、人生が投了していたと思います。

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(20代 主婦 女性 神経症の症状:表情恐怖症・視線恐怖症)

対人恐怖症のうち、表情恐怖症と視線恐怖症に、ずっと悩み続けておりました。中学を卒業した頃、視線のきつさや表情がこわばってしまう症状が出てしまいました。
それで相手に不愉快な思いをさせてしまい、私の本意を誤解をされ、避けられることや、無視されることなど、しょっちゅう経験してきました。

小さい子どもがおり、お母さん同士との会話がとても辛く、私の表情と眼の緊張が、相手にも緊張を与えてしまうみたいで、心苦しかったです。それで人間関係をなるべく避けていました。
しかし、このままだと、子どもまで友達ができなくなってしまいそうで、とてもかわいいそうに思い、どうにかしなければ親子とも、大変なことになると焦りましたが、何を試しても改善できませんでした。
いずれ、子どもも話せる年頃になったら、私は娘の顔を見て普通に話せるのかいろいろ考えてしまい、将来に、ますます自信がなくなり、どうしていいか分からなくなり、とても辛くなっていました。
鏡を見て、いい表情や目つきを装ったりしますが、人前に出てしまうと全く意味がありませんでした。

ネットで、岩波先生のプログラム経験者のサイトを発見した時は、同じ症状で悩む人が多くいることに驚きました。そして、同じ体験をされた方、克服された方の手記が私に勇気をくださいました。
とにかくこのままではいけない、待っているだけじゃ何も変わらない、何とか、何かを早くしなくてはという思いをかきたてられ、プログラムを受けてみました。

今はお母さん同士とも誰とも、表情や視線のことを忘れて話せるようになりました。最初は不安でしたが、恐怖感や不安感も薄らいでいき、私自身を肯定できるようになってからは、どんどん自信が積み重なっていきました。
幸い、子どもも明るく元気な子に育っています。あのまま何もしないでいたら、今の幸せな状況はありませんでした。先生は私たち親子の、家族の恩人です。

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(30代 外資系 男性 神経症の症状:アダルトチルドレン)

会社に行くのが苦痛で悩んでいました。好条件の外資系に転職できたのですが、毎日劣等感に苛まれていました。
周りに優秀な人間が多いため、能力のなさに落ち込み、プレゼンや会議でも、自分を出すことができず、元気も出ず、ビクビクしているので、組織にもなかなかなじめず、どうして自分はこんなふうなのだろうとずっと悩んできました。

自信のなさを周囲に気づかれないように無理をしていたため、そのストレスもひどく、時間とともに心がきしんだ音を立てていきました。
劣等感、生きづらさ、自分の無さ、人間関係でのギクシャク、エネルギーがどうしても出てくれない、この負のサイクルを断ち切ろうと、自己啓発系や瞑想や内観を繰り返し続けてきましたが、どうしても問題の本流に手が届かない苦しさがありました。

あれこれ現状打破の方策を探していたところ、自分はアダルトチルドレンだと気付きました。父からは幼少期に愛情を満足に注いでもらえませんでした。社会的に立派な人でしたが、家庭的には欠陥人間でした。興味が有ることは、私の学歴だけで、スポーツでも学業でも頑張ってもほめてもらったことはありません。母はとても愛情がある人でしたが、学歴に関しては父親以上に執着をしていたと思います。
そのせいか、学業で劣等感に苦しむという経験は無かったのですが、社会人、いや一人の生身の人間としては、劣等感だらけといいますか、自分がありませんでした。ちょっとしたことでも傷つき、その傷口を自分でもっと悪化させてしまうといった、どうしようもないマイナス思考が出来上がっていました。

このままでは、私は生きる喜びを感じられないまま、社会でも大きなことを出来ずに潰れていく。私の過去ともう一人の私自身に潰されていくのではないかという恐怖から、評判の高い先生に、潜在意識にある問題の本流を解決してもらいたく、受けることを決断しました。
無意識へのアプローチ方法はずっと模索してきました。あとは実際に深く強くアプローチさせてくれる達人を求めていたのですが、岩波先生がまさにぴったりな人でした。
言葉に出来ないぐらいの想像以上のすごさがあり、すぐに効果が出てくれました。私でも独力で無意識にアプローチできる手助けをしてくださり、今も大きな精神的な財産となっています。

脳覚醒技術のおかげで劣等感や自信の無さはなくなりました。今では強者揃いの社内でも、自分を発揮できるようになり、もっとステップアップしていきたいと思っています。自分の人生は親のものでもなく、他人のためのものでもなく、自分のもの以外ありえないんだと強く思えています。本当の自分を取り戻してくださり、かつ、たくましくしていただきありがとうございました。

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(40代 会社員 男性 神経症の症状:不眠症・うつ病)

不眠症、精神的スランプが解決でき、まことにありがとうございました。またストレスやプレッシャーに強くなり、今後の社会人生活を考えると、受けて本当に良かったと思います。
もしあのまま時が過ぎていたら、会社を退職して、末端の生活を送らざるを得なくなっていたか、うつ病がひどくなっていき、もしかしたら廃人になっていたかもしれません。そのようになったら、妻や息子や娘への精神的経済的負担はいかばかりだったか、恐ろしい事態になっていたことは想像に難くありません。

不眠症の原因は、出世により責任が増え、仕事の質が激変したことへの戸惑いや適応能力不足、部下に的確に指示できない、苦手な上司ともうまくコミュニケーションがとれないといったことから、不眠症が始まりました。
さらに会社の売上が停滞し、成果主義が導入されたことにより、成績を残せないと肩身が狭くなり、それまで感じたことがないプレッシャーを受けるようになりました。
私自身も仕事の能力不足、コミュニケーション能力不足、私がいなくても会社は回る、代わりはいくらでもいるという虚無感、ギスギスし始めた会社での人間関係、先行きへの心配により、家に戻っても常に漠然とした不安を感じるようになっておりました。
次第に寝ようとすると動悸が激しくなり、落ち着きがなくなり、神経が昂ぶり、しまいには床につくことが恐怖になりました。
睡眠薬を飲んで無理やり寝ていましたが、抑うつ状態が悪化し続けていき、もうこの頃にはうつ病に突入していたと思います。

心配した妻の薦めで岩波先生にお会いしてからは、不眠症はすぐに解決できました。さらに考え方や生き方の甘さに気づかされ、ストレスやプレッシャーに弱い自分を根本から鍛え直すことができました。晴れ晴れとした気持ちを久方ぶりに味わうことができ、将来への漠然とした不安も消え失せ、私が欲していた強者の精神力も獲得できたと思います。
悩みは早期対策、早期解決が大事だと思います。

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(60代 会社役員 男性 神経症の症状:対人恐怖症・社会不安障害)

対人恐怖症という神経症、現在で言えば社会不安障害がちっとも治らず、ずるずる60歳を超えてしまいました。いまさら思春期でもあるまいし、人に好かれようとか好かれたいという気持ちはなくなったけれど、何歳になっても症状が反射的に出てしまい、何とか折り合いをつけながら神経症と付き合ってきました。

無意識で勝手になっているから、岩波さんの技術を見つけるまでは、もはや何をしてもどうしようもなくなっておりました。
それまで必死に耐えて半ば性格だと諦めて症状と付き合ってきましたが、退職後に本当の私の人生を歩むために神経症克服プログラムを受けてみました。
あのままですと、ヨボヨボの爺さんになっても神経症が続いていったでしょうし、残りの人生が20年として、苦渋と忍耐と普通を装う必死の演技を強いられ続けることを考えると解放されたかったのです。

一生神経症に苦しめられて死んでいく人生。私なんてこんなものかという思いで死んでいきたくはなかった。
本当の自分を知って死にたかった。神経症の私は偽物だと思いたかった。

私に足りなかったことは根本からの解決だとわかりましたし、ずっと治らない理由も神経症の見通しが甘すぎたことだと思います。
いつも対症療法ばかり繰り返してきました。しのいでいるうちに時間や年齢的な鈍感さが神経症を和らげてくれるものだと思っていました。
それは甘い大変危険な考えでした。そのせいで私は退職間際になっても神経症が治らなかったのだと思います。


もっと早く気づいていれば岩波さんに早く出会えて、現在のように本物の自分を取り戻せたでしょうに。
ずっと緊張して神経を張り詰めて生きてきました。それが自由な感情を学生時分以来味わうことができています。
解放された自由の風を感じるとき、岩波さんへ感謝の思いがあふれます。

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(20代 医学生 男性 神経症の症状:自律神経失調症・パニック障害・うつ病)

解決できた悩みは、自律神経失調症とパニック障害とうつ病です。

私の家系は、父(警察庁幹部)も祖父(国会議員)も伯父(病院院長)もみな優秀で、私も人に勝つことばかり考えて(刷り込まされて)成長してきました。
特に母は教育熱心でして、これといった経歴がなく劣等感が強かった母は、義父母を見返すためか、教育虐待といえるほど、度を越して私を徹底的に鍛え上げました。母を悲しませたくない私は期待に応えようと猛烈に頑張っていました。

母の強い希望で医学部に入るか、父のように国家公務員(警察官僚、財務省、外務省など)の道に行くか、迷っていました。
私としては、医者になる動機は乏しかったのですが、母の意見に父が折れ、医学部を選択しました。思えば自分の意見を通すことができなかったのは大きかったと思います。

割り切れぬ思いを割りきろうとしましたが、空虚な思いはごまかすことはできませんでした。かと言って今更、路線を変更できる状況でもなく、私は無理やりエンジンを掛けて実習に励んでいました。

しかし、一年も過ぎてから、漠然とした不安を抱えながら、次第に医学部の勉強にも身が入らなくなりました。
自律神経失調症のせいか体調が常に悪く、何をやるにもエネルギー不足になっていきました。

それでも母の目を常に意識して生きていた私は、無理を重ねていました。そのせいか、ついにストレス性の過呼吸で救急車を呼ぶ羽目になったのです。

その後も、抗うつ薬を飲み、無理やり勉強や実習を続けていましたが、最後は体が言うことを効かなくなり、脳も作動停止しました。
大学も休学せざるを得なくなり、医者の言われるまま薬漬けになっていきました。
心配した父が、岩波先生の元に連れて行ってくれました。生きる機会を再び与えてくれた父にも先生にもとても感謝しています。
あの頃の私は、治そうとする意志も気力もなくなっていましたから。

私がずっと引きずってきた重い重い足枷を岩波先生に断ち切っていただき、初めて自由な感情を味わうことができました。
ずっとオーバーヒートしたエンジンで生きてきた末の自律神経失調症やパニック障害やうつ病でした。私が一時期廃人化したのも、なるべくしてなったのでしょう。
精神的抑圧も苦しい症状もなくなり、父も非常に喜んでくれ、今は医学部に復帰しています。将来は自分の意志で決めようと思います。
先生の言うとおり、たった一回だけの人生です。後悔なく、自分の足で歩んでいきます。

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(40代 経営者 男性 神経症の症状:不安神経症・自律神経失調症・うつ病)

かねてより、なんとしてもプログラムを受けたいと希望していており、私を受け入れてくださり感謝の言葉もありません。何を経験しても自分を変えられなかった私を、驚くべき方法で潜在意識の病みを解決していただきありがとうございました。会社経営も私の精神状態とともに軌道に乗っています。

トラウマがあった私は、シャカリキに会社経営を頑張っていたのですが、急激に神経症(不安神経症、自律神経失調症、うつ病と診断)が悪化し、散々苦しんできました。薬物療法、催眠療法、森田療法、精神分析療法や様々な心理療法を試してきましたが どれも効果を得られませんでした。
何も信じられなくなり、もう疲れて自暴自棄に陥り、会社経営は弟に任せっきりになり、当時は本当につらい状況でした。一分一秒が耐え難いほど長くつらく地獄の思いを経験してきました。絶望感、焦燥感など筆舌尽くしがたい気持ちは、体験したことのない方にはわからない世界だと思います。
薬でなんとかごまかしながら生きていましたが、いつか治っているなんてことは全く無く、着実に限界は近づいてきている恐怖がありました。
今なんとかしなければ、終わってしまう、悩めば悩むほどはまっていく。いくら逃れる方法を考えて変化することはなく、思考がぐるぐる同じ位置で回るだけで、神経の暴走にやられっぱなしでした。

最後の望みの光があるのならこの画期的な克服法しかないと思い、何とか受けさせてもらいました。精神的な健康を取り戻して初めて、それがあらゆるものに比していかに大切か、生きる上でこれ以上価値のある宝物はないと実感しています。これがないままだったら、何にもできなくなり、おしまいでした。

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(20代 会社員 女性 神経症の症状:視線恐怖症)

私は、中3の頃から脇目恐怖症という症状で悩んでいました。 初めは、この異常事態が何なのかも分からず、だんだん気にならなくなるのかと 思っていたんですが、そんなことはありませんでした。良くなるどころかどんどん悪化して、 一時期は自分は何のために生まれてきたんだろう…と悩む日々が続きました。

何の病気か、私は一体どうなってしまったのかも訳が分からないため、親や友達にも話せず、 一人で耐えたり強く意思を持って切り抜けようとしたりしました。でも神経がどんどん過敏になっていく一方で、ほんとうにもうイライラして、頭がどうにかなりそうでした。
どうしても治したくて、ここに通うまで病院やカウンセリングなども一人でお金をためて、内緒で通ったりしていました。
でも良くならず…毎日辛くて、迷惑をかけてしまっている職場の人にも申し訳なくて、針のムシロの上で仕事をしていました。
普通に生活したくて、でもやりようもなくて途方に暮れていました。
この症状を治すためだったら、私は命を捨ててもいいぐらい、追い詰められていましたし、治らなかったら命を捨てるしか無い状況まで追い詰められていました。

ここで初めて私は自分の無意識から発生している視線恐怖の源を掴むことができました。視線恐怖になって当然だったルーツがはっきり悟ることができましたし、私がずっと我慢して貯めこんできたひどい抑圧も解放させていくこともできました。すごく心が洗われからは、徐々に視線の緊張もやわらいできました。
視線恐怖で曇りきっていた視野が、はっきりクリアになったときは、本当に嬉しかったです。それとびっくりもしました。どれだけ曇りきった視野で世界を見なければいけなかったのだろう。
これじゃあ、何をやっても良くなるわけはなかったんだと思います。もっと早く神経症に対処できたらなと思いますが、岩波先生以外だったら難しかったかもしれません。

最初は信じられないことばかりで、驚いてばかりでした。でも、先生の技術は本物だと今は信じられます。混乱して制御不可能だった私の無意識がおさまってくれました。悲惨な状況から救っていただきまして、本当にありがとうございました。これからもお体に気をつけて、困っている方の力になってください。

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(40代 会社員 男性 神経症の症状:うつ病・不眠症)

1年前から続いていたうつ病がおかげさまで良くなりました。うつ病の悲惨な話や治りにくさや薬の問題を、よくネットで知っていたので、まだ早い時期に完治に至れたことは幸せなことでした。私が養わなければならない妻や子供までも救われました。
先生とこのプログラムが日本に存在していたことに、心より感謝申し上げます。

転職が、後悔の始まりとなり、うつ病と不眠症になっていきました。
完璧主義者だった私は、より良い条件の会社に転職ができ、これから猛烈にやってやろうという意気込みでいました。
しかし、思いがけないことに厳しさも、忙しさも、ノルマも、人材の優秀さも比較にならないぐらいで、私は途端についていけなくなり、適応障害となり、転職を後悔してばかりいました。
何もかも完璧にいかず、私の未熟さ、浅はかさばかり際立ったからです。

数字に追われ続けながら、どんどんエンジンがかからず、焦ってもがいてみても、どうしようにもありませんでした。そのため、立場がどんどん悪くなり、どうこれから家族を養っていけるのか、将来がとても不安で、不安で、不眠症になり、うつ病になっていきました。
頭でわかっていても、全くプラス思考できません。
子供の顔を見てやる気を出そうとしても、全く出ず、この子たちは幸せになれるのだろうか?  と不憫に思えてなりませんでした。
苦しさから抜け出したくて抜け出したくてたまらないけれど、どうしてもできず、やっと一年後、先生を見つけることができました。
まだ抗うつ薬に頼り切る前に、先生のお世話になれたことは幸運だったと思います。

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(30代 会社員 男性 神経症の症状:対人恐怖症・視線恐怖症)

ただ、助かりたい。いまいましい神経症から解き放たれたい一心で、神経症になってから十年近く生きてきました。
仕事中、自己視線のせいで周りが不快な思いをしていないかと気になり、集中力は欠け、思うように仕事が出来ず、体を硬直させ、自然に振舞えず、限界が近づいているように感じていました。退職しても次の職場が持つか自信がありません。
今の会社をやめたら、考えたくなかったですが、社会的な死を迎えることは間違いなかったと思います。

帰宅しても、すべての力を使い果たし、部屋でグッタ リするしかなく、着替えも風呂もやる気が起きず、朝も自分を徹底的に追い詰めないと、起床も出社もできません。外食一つとっても、座る座席の位置ばかりが気に病み、尋常じゃ無い疲労感に襲われます。会話もうまくいかない自分にいらだちを感じ、どれだけ無駄な力を無駄なことばかり使っているのかと考えると、自分の不幸を呪いたくなっていました。

苦しさに耐えるだけの人生を送り、なぜ自分が苦しんでまで生きているかもわからなくなり、、この状態でいてあと何年もつのかな? 持たなかったらその時どうなるのだろう? とうつ病に近い状態になっていきました。
何をするにもこの神経症が、重い鎖で私を縛りつけ、自由に身動きを取らせてくれませんでした。この重い鎖を断ち切ってくれるのは、神経症克服プログラムしか無いと思えました。同様な症状の人が良くなっていること、先生の自信、多くの人が救われていることを知り、ここがダメなら全てダメだという覚悟を持って望みました。

焦りで空回りをしたこともありましたが、深いトランス状態に入れるようになってからは、疲労感がすっかりリセットされて、極度の緊張感も薄らいでいきました。私が閉ざしていた本能や感情のパワーを解放できた体感をしてからは、あらゆることが好転していきました。根本的に解決できるプログラムを受けられて、幸運でした。心強い指導をありがとうございました。

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(40代 経営者 男性 神経症の症状:不安障害・不眠症)

経営している会社の先行きの不安や孤独心からはじまり、これからの人生や健康に対し不安が生じ、睡眠薬なしには殆ど眠れず、原因不明の焦燥感にさいなまれておりました。会社もそれなりに成長してきて、家庭も円満で、周囲から見たら何も問題のないように映っていたかもしれません。

理性ではどうしなければいけないのか理解できていたつもりなのですが、気持ちが全くついてきてくれません。なんとか気持ちを立て直そうとしても、焦りと不安ばかりが強まり、鬱状態もひどくなっていきました。その悪化をどうすることもできず、根性と勢いで社会でやってきた私は、はじめて自分が一番どうにもならないことに気付かされ、呆然自失しかできませんでした。自分の意識の強さだけでは届かない世界が、人間の心の奥にはあるとわかるも、対処しようがなかったのです。

どうにもならない心の奥を何とか解決しようと、様々なことを試してまいりましたが、効果が上がりません。そして、やっとその道でぶっちぎりだという岩波先生の存在を紹介してくれた人に出会うことになり、プログラムに参加できました。私の焦燥感も不安感も孤独感も原因不明ではなく、幼き頃からの流れが現在に大きな影響を及ぼしていることを悟ることができました。理性を何段階も飛び越えた直感だけの世界にとても感動しました。


 

悩んで当然だったとはっきり悟れた時、ものすごく心が洗い清められました。ずっと溜め込んできた感情を抑圧したものが、感情の発散とともに出てきたあとは、すっかり不眠も焦燥感も不安感もなくなり、孤独への覚悟が身につきました。それまで時間を費やして取り組んできた何十分の一の早さで、心の奥の掃除ができました。

岩波先生の技術は度肝を抜かれることもありますが、本物です。むしろ、これぐらいすごい実感を伴う技術ではないと、心を洗いざらい掃除できないのだと思います。すごいとしか形容できない技術を開発した先生には敬服するしかありません。厚く御礼申し上げます。

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(30代 主婦 女性 神経症の症状:不安障害、抑うつ状態)

トランスが立て続けに深まっていき、まるごと悩んでいることが払拭された大きな出来事がありました。
無でした。悩みも苦しみもない無でした。
ただ楽でたまらない状態です。

わたしが悩んできたことをさっぱり忘れて、なぜ悩んできたのかもわからなくなりました。
悩む必要がこれまであったんだろうか、と小さなこと、取り組む必要がないものに思えてなりませんでした。
20代後半からずっと悩み続けてきましたが、もやもやも心の重苦しさもなくなっていました。
それ以来良い調子を維持しています。
先生に言われたように維持しようと思わず、何が起きてもいいという覚悟で生きているつもりですが。

こんな自分になれたなんてびっくりです。
先生の施術がなければ絶対に不可能でした。
心が解放されから、体調面も良くなり、運のない生活を送っていたのですが、いい人と出会うことができ、幸せに結婚生活も送れています。
生きていてよかったって心から実感している毎日です。

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(20代 公務員 男性 神経症の症状:対人恐怖症・PTSD)

まずは過去のトラウマにいじめられ続けた僕を救ってくださったことに感謝したいです。
僕は中学生の時にいじめにあい、自尊心と感情をボロボロにさせられました。
いじめた奴らはすっかり忘れてるか、冷笑つきの思い出でしかないでしょうが、いじめを受けた者の心の傷は十年たっても癒えません。
時が経過していじめの直接的記憶は薄らいだものの、トラウマの傷口が膿んで破傷風になりました。
他人に対して不安を勝手に感じ始め、毎日がきつくてたまりませんでした。

{自己破壊衝動、被害意識、人間関係のストレス、虚無と孤独、 自信のなさ}は大人になっても悪化しました


職場でのいじめはなかったですが、集団の中にいるだけでストレスを受けていました。
いじめられた教室の悪夢もしょっちゅう見ました。PTSDのように恐怖のフラッシュバックが起きたりしました。

『いじめられ心の傷を背負ってしまった人間は何も悪いことをしていないのに、なぜこんな悲惨な目に合わなければならないのだろう?』
そんなことをしょっちゅう考えてはムカつくことしかできず、よけい鬱憤が溜まりました。
いじめた人間を見返したい、いじめられた心の傷にいつまでも縛られたくない。だからトラウマを根こそぎ解決しなくてはならないと思いました。


皆さんのように本を読んで自分を変えようとしましたし、催眠療法や内観療法をやりましたし、いじめの傷を受け入れようと森田療法もやりました。抗不安薬も何種類も試しました。
どの方法も傷の回復に決定打が出ず、やっとネットで神経症克服プログラムを見つけ出せました。
予想以上というか遥かに超えたプログラムでした。いじめのトラウマを解決できたのは先生だけです。
最初はきつい記憶ばかり出てきましたが、そのうち風向きが変わって、つらい記憶を思い出すけれどそれ以上に気持ちが楽になっていきました。大泣きしてしまった時もあります。非常に気持ちよかったです。
ずっと溜め込んできたものが抜け出ていった時、小学生の頃のように楽な気持ちを味わえました。
いじめを受ける前の、何にも考えていない無邪気で楽観的な気分を味わえました。

普段からの気持ちも楽になっていきました。職場でも人の中でもストレスが無くなり、他人への警戒心も薄らいでいきました。
やっと心の傷の悪夢から抜け出せました。フラッシュバックもそれ以来起きていません。


自分が幸せに生きることで、いじめた奴らを見返してやります。それをエネルギーにして頑張っていきます。
悩んできたのだから、今後は感動を沢山味わってやります。そう考えられるようになってからは、今後が楽しみです。
『いじめ? 何だそれ? そんなものに振り回されてたまるか!』の気持ちです。

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(30代 女性 神経症の症状:うつ病)

主人は仕事の重圧や過労をきっかけに鬱病を発症しました。ミスを繰り返すようになり、頭も働かなくなり、さらに鬱病が深刻化していきました。
心療内科でカウンセリングと抗うつ剤治療をずっとやっておりました。それで小康状態が続き、一時寛解したほど回復した時もありました。しかし、長く続かず鬱病が悪化し、いつまでも治らないように私には思えました。これからも、これまでのようにずっとループを続けて抜け出せないまますり減らしていく不安がありました。

主人は抗うつ剤で病気が治ると思っていたか、疲れてしまい考えるのも嫌になったのか、私が薦めていた岩波先生のセラピーをいっさい受けようとはしませんでした。
鬱病をセラピーで解決できた人がいっぱいいて、症状を根絶できるのはここしかないと思っていたのですが、主人かかりつけの心療内科医の先生は事務的に接する人ではなく人間味もあり、主人も頼っていましたので、当事者でない私は無理を言えませんでした。
薬物治療には抵抗感がありましたが、いつか良くなる望みが少しでもあるのならばと思って見守っていました。
それでだめなら、主人が自分の意志でセラピーを受ける決意をするまで待とうと思っていました。


ですが、主人の鬱病が急にひどくなり、薬を増やしても効果が出なくなっていったので、主人は設備のある別の病院で入院しました。入院をすれば会社に通えるまで回復すると思っていたそうです。
しかし、会社を休職し、信頼していたお医者さんの手を離れ、新しい病院で薬漬けとされてしまい、退院してからは外へ一歩も出られなくなりました。
廃人になってしまった…絶対に思いたくないけれどそう思わざるをえないぐらい、かつての生気があった主人の表情は別人となってしまいました。
会社も退職せざるを得ず、社会復帰は不可能となったことに絶望したのか、仕事に生きがいを感じて生きてきた主人は自ら命を断ちました。


子供がいなかったことだけが救いですが、今度は私が自責の念に駆られ、精神的に落ち込み鬱症状が出ました。
主人の存命時、私まで倒れてはいけない思いで、気持ちを張り詰めて生きてきましたが、急にぷつんと糸が切れたようにやる気が出そうとしても出なくなりました。主人の親からなじられたこともつらかったです。

実家に戻り休養していましたが、主人の鬱病の暗い未来を知っていたため、根本から解決しようと私が先生のセラピーを受けることにしました。

今となっては遅いですが、もっと早く主人に受けさせてあげたかったです。
私の想像をしていたものを超えていて、皆さんが言われる通りセラピーで施術される技術は衝撃的でしたが、鬱症状にすごい効果が出ました。
抗うつ剤が主人を救った時期もありましたが、火急の消火剤のようなものでしかありませんでした。
もっと早くにぼやのうちに火元から消化させる先生の技術を受ければ、主人は元気に会社復帰できていたことは容易に想像つきます。
ですが、後悔してももう引き返せません。
これからは主人の分まで私が精一杯生きていきたいと思います。

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(20代 会社員 男性 神経症の症状:対人恐怖)

学生時代のいじめによるトラウマによって、10年以上にわたり対人恐怖が突然出てきてしまう悩みをかかえていました。
何一ついいことはなく、解決しなければ未来はなかったため、様々な心理療法やカウンセリングに時間と費用を投資しましたが、根本的に何の解決にもなりませんでした。
思えばトラウマ解決のためだけに生きてきたようなもので、努力の割に、結果が出ない自分にさらに苦しめられました。他の人は過去に悪影響を受けずのびのびと生きられるのと比べ、すごくむなしかったです。

そんな時に岩波先生を知り、その前衛的な技術手法とパワーに、いい意味での衝撃と感動を受けました。
過去に真剣に取り組んできたものは、子供遊びのレベルでした。本気で解決するということが、これほど次元が違うものなのかと思い知りました。
卒業して2年ほど経ちましたが、トラウマに怯えていた頃の自分にリバウンドすることなく、良い状態が持続しています。効果が持続するということが、他の心理療法などにはない価値だと思います。
また、私のトラウマになっていた本当のルーツの真実はいじめではなく、さらに深い部分にあったという発見も、このプログラムでこそ気付くことが出来ました。

このすごいプログラムを素通りしてしまっていたら、変われない自分の無力さに絶望し、生きることを諦めていたかもしれません。それぐらい私の抱えていた問題の本質は根深かったですが、それも解決できました。
今は克服した自分に自信を持って、毎日堂々と生きています。

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(30代 経営者 女性 神経症の症状:パニック障害・うつ病)

私は人生は一回だからとことん自分の可能性を試してみようという気持ちでお店をどんどん広げていきました。
ですがものすごい多忙とストレスの中急に自分の体調の異変に気づきました。出張帰りの新幹線で目眩や息苦しさを感じ自分が変になるんじゃないかという恐怖でいっぱいになりました。
乗り物に乗ろうとするとパニックを起こしそうになり極度に不安になり出張が不可能になりました。今まで平気だった乗り物や場所でも起きるようになって生活圏が狭まりました。
病院でパニック障害と診断されましたが、乗り物が恐怖になったためこれ以上の新規出店も諦めならなくなってしまいひどく落ち込みました。

パニック障害のせいで思い描いてきた夢が壊されていき、当たり前の行動が何もできなくなりいつまでも良くならないつらい現実が私をうつ病にしていきました。
人と会うことも億劫になり仕事にも身が入らなくなり次に進む気持ちが出てこなくなりました。仕事も日常のささいなことでも気持ちを奮い立たせてからではないと行動ができなくなっていきました。
昔のエネルギッシュだった自分を取り戻せなくなり、そんな自分に落ち込むの悪循環を繰り返していきました。


終わらない苦しみの中岩波先生の言葉・講演集を読んで私の悩みのつらさが書かれてありました。そして「普通の生活を送ることが人生最大の夢となっている」という言葉を読んだ時、いつのまにかそんな低水準を目指して悩んでいた自分の心に火がつきました。
岩波先生にパニック障害とうつ病を克服する力を貸して頂きたく、早速申し込みをしてみました。


私はパニック障害が長引きうつ病になったためパニックにならないようにしていただきました。呼吸法をやるとパニック特有の息苦しさを感じましたがここであきらめたら人生が終わると思って乗り切りました。
乗り物に次第に乗れるようになってからは心も落ち着きを取り戻し、脳覚醒状態の質もうつからの回復を早めてくれたと思います。
人生最高のリラックスを味わってからは私の歪んだ行動力もバランスが取れるようになりました。
パニック発作が起きて当然の生活リズムだったのだと思います。私のエネルギーがパニックになった時内側の恐怖のエネルギーだけに振り分けてしまったこともわかりました。いびつな精神状態で走ったらどこかで限界が来るものです。

先生が私の狂いが生じた人生を軌道修正して下さいました。まことにありがとうございました。

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(50代 会社役員 男性 神経症の症状:うつ病)

感動のない日がずっと続いており、仕事や生活全般への意欲が全く湧いてこなくなる。
思えば仕事で多忙の日々で、ストレスもずっと被ってきた。ノルマ達成しか考えずに、遊びも封印し、自分の本心をずっと抑え続けてきたため、50過ぎた頃には、自分の本当の心さえ無くなる。社会的地位は上がったが、精神面は下がり続ける一方だった。

50代を過ぎて、こうなってしまったことに、私の人生は何だったのかと絶望感に陥る。若いころに自分が思い描いていた50代の私の理想像とはかけ離れていた。地位も名誉もお金もいらない。精神的な充足感のためなら、全てをなげうってでも手に入れたかったが、人生はそう甘くなかった。
むなしさ、さみしさ、後悔、この感情しか出てこない。もう手遅れではないか? あとは死ぬまで苦しい状況を凌ぎきる事しかできないと絶望するしかなかった。

もちろん幸せに生きる方法が書かれた本を読み漁り、内観療法や瞑想や自己啓発をたくさん試みてきたが、無意味な時間だけがあっという間に過ぎていったように思える。年齢も年齢だし、私にはもうこれ以上の変わるために残された時間はないと焦燥するが、もう方法はなくなっていた。

たまたまプログラムを知り、講演内容にとても共感するものを感じる。これからの人生を有意義なものにすべく、本当の自分を取り戻したい一心でプログラムに参加を決定。
なぜもっと早く出会えなかったのだろう。もっと早く知ることができていれば、無意味な時間を送ることはなかった。
しかし、私の眠っていた抑えこまれていた歓びの感情に、無意識の世界で触れることができた時、私の症状は一気に氷解していった。私にはすばらしい感情がある、自分がある、感動ができる! この至福の感情に、驚くべき技術ノウハウで導いてくれた岩波先生は、人生最大の恩を感じております。

50歳を超えても、まだまだ遅くない、いや残りの人生を考えると、まだまだこれからだとしか思えない。50歳にして、これほど希望とエネルギーに満ちた精神状態になれたことは、私の想像以上の結果でした。

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(30代 女性 神経症の症状:対人恐怖・不安障害)

多くの不安神経症と対人恐怖症(赤面症、社会不安障害、あがり症)を発症していました。発症は中学生で、ずっと15年以上悩んでいました。騙し騙し普通を装い、やっとのことで生きてきましたが、まわりの人がこんな労苦を必要とせずに普通に暮らせているのを見ると、暗く気持ちが落ち込でいました。私の人生って何? なんでこんな目に合うの?

神経質で自意識過剰で人目に振り回され、プライドが高く、すぐしょげる、そしてずっと引っ張る…これじゃ生きにくいのも無理は無いと自分でも思いますが、どうしても治せませんでした。悩む事が癖になってしまい、くだらない悩みを自分で抱えてしまいほんと自己嫌悪でした。
傷つかないように生きてきましたが、それが疲れますし、そのくせすぐ傷ついてしまうのです。

 

でも、このままで終わりたくありませんでした! 本格的な神経症になって多くのものを奪われてきました。この症状がなければとどれほど悔しい思いをしてきたか…! 30代に入りまだ悩んでいること、そして一生そんな思いをして生きていくのは嫌! 苦しんで惨めに生きていくのは嫌です!

 

私には大切な家族がいます。子供も幸せにしたい! 負担をかけてしまっている旦那さんにも愛を与えたい! 私も幸せに生きたい! 
だから神経症克服プログラムが最後の希望でした。今まで多くの精神療法や薬で効果が出なかったため不安もありましたが、多くの人が克服されているのを見て、私も本当にあとに続きたかった。もう犠牲を払って生きるのは嫌でしたから、自分でも努力しました。
過去は戻れないけれど、失ったものを未来で取り戻そうと強い決意を持ち続けました。
そして、実現できました。私の人生をかけた戦いに勝てました。もちろん先生の心強いサポートのおかげなのは言うまでもありません。
でも、まだまだ人生の戦いは続きます。失ったものを数百倍にして、たくさんの感動を家族と一緒に味わっていきます!

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(20代 女性 神経症の症状:社交不安障害)

トランスが深まるにつれて、視野がはっきりクリアになりました。
これまでいくら努力を重ねても抜けなかった緊張が抜けた状態で最高のまどろみの余韻の中にいて、世界が明るく見れるように変わりました。その変化にびっくりしました。
こんなに世界はクリアで光に満ちたものだったなんて…と気づかされましたが、普段からどれだけ暗い心境で物事を見やっていたかわかりました。 本当に恐ろしいです。

そんな私だったから、人からも高く評価されず付き合う恋人も友達もみな病んだ人間ばかり寄ってきました(お互い足の引っ張り合いでろくな関係にはならなかったです)。
私の普段の顕在意識が潜在意識の病みに取り込まれて感情が死んでいった理由がよくわかりましたし、散々もがいても憂鬱から脱することができなかったのも当たり前でした。

心の根っこをコントロールできない状況でいくら努力しても、お金をたくさんのセラピーに費やしても停滞し続けるのだと思います。
顕在意識で行う無駄な努力を終わりにしましょう。 無駄なことを続けると心が虚しくなりいつか折れてしまいます。
私のこれまでの虚しい努力から救ってくださりありがとうございました。

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(20代 女性 会社員 神経症の症状:強迫性障害・対人恐怖症)

◇神経症の症状について
強迫神経症(加害恐怖)、自殺衝動、対人恐怖症で、精神が擦りきれるような毎日を送ってました。
この先神経症がひどい状況のまま本当に耐えていけるのだろうかという不安がありました。


◇神経症克服プログラム受講時の目的
神経症で無益で垂れ流ししているエネルギーを、本来の実りある未来へ向かう力と、よりよく生きるため使いたかった。本当の意味で頑張って一生懸命生きたいため。小細工して守ったり避けたりしないで良い方向へ進みたかった。
◇神経症克服受講後の状況
私を縛り付けていた呪いのような思考が治まってきて、本来のエネルギーを有意義な方向に使えるようになっていきました。小学生時代以来のホッとした状態を味わうことができました。強迫観念に向きあう時間もかなり減っていきました。
対人恐怖でも完全に克服できました。死にたいという衝動的願望もなくなりました。自由っていいなと思います。会社でもストレスを感じにくくなりましたし、耐えなくてもずっと生きていけるなんて嬉しいです。皆さんも神経症克服の夢を絶対にあきらめないでください。

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(30代 会社員 男性 神経症の症状:自律神経失調症・鬱病)

・自律神経失調症の発症
自律神経がおかしくなりイライラ、肩こり、不安感、ふらつき、朦朧感、焦燥感等の症状に見舞われて来ました。 直接的な原因は職場の転属先部署での加重なストレスでした。

・薬物療法と薬漬け
発病当初から心療内科で抗不安剤を処方され飲み続けていました。その後、ストレス要因から距離を置くことで一端は小康状態になったのですが、完治に至らず、日を追う事にまた自律神経失調症の症状が強く出るようになりました。
薬が同じ量では効かなくなり次第に薬が増えていきましたが、副作用か猛烈な眠気や気だるさ、集中力低下、注意力散漫がひどくなっていきました。
病院を変え医者に相談したところ、さらに抗鬱薬を処方されました。
医者の言うまま疑問なく飲み続けていましたが、薬依存と薬漬けの恐怖を知り、このまま飲み続けても未来はないと急いで断薬をしたところ、もっと激しい離脱症状に見舞われました。

整体、運動、漢方、ヨガで乗り切ろうとしましたが通っていますが、さっぱり効果が感じられず、結局本意ではない薬漬けに戻らざるをえませんでした。
それでも明らかに症状が酷くなっていき、鬱病、パニック発作、種々の神経症症状も起こるようになりました。
どうにか根本治療がないものかと、藁にもすがる思いで調べているうち、多くの人が神経症を改善されている方法があることを知り通うことに決意しました。

・神経症克服プログラムの感想
先生の技術を実際に体験するまでは他の参加者を目にしても信じられなかったですし、やらせかもしれないと感じました。
しかし自分がそうなってからはそれだけ理解の範疇を超えた技術だとわかりました。素人では推し量れない神技の部類だと思います。
最初は心身への負担がありましたが、訓練が進むにつれて、絶対に薬では不可能な領域の潜在意識の根本から解決できるようになりました。薬は頭をぼやかしてしまいますが、やるたびに頭が冴えてくれました。
先生の指導で薬は飲み続けながらやりましたが、あと少しで断薬が症状解決の状態で成し遂げられそうです。
自律神経失調症や鬱病などに振り回されただけではなく、向精神薬にも苦しめられてしまい、大きな回り道をしてしまいました。

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(30代 公務員 男性 神経症の症状:社会不安障害)

長い間、対人関係で悩み、いっそのこのまま息を引き取るように死ねたらいいのにとか、自分で自殺する勇気もないから重病や交通事故にあって死にたいと思って生きてきました。
また、対人恐怖症、社会不安障害「SAD」という神経症があることもアラサーになるまで知りませんでした。
それまで、人よりちょっと人見知りなだけだ、ちょっと恥ずかしがりなだけだ、と思っていました。
でも、次第にちょっと異常なんではないか、と感じざるを得なくなりましたが、怖くて自分の正体を見ようとはしませんでした。
そんな性格の自分が大嫌いでしたが、逆にプライドが高く、実は自分のことが大好きなんだと思います。それだけに現実を直視することは恐怖でした。
だから、神経症克服プログラムに出会うまで悪循環と堂々巡りを繰り返してきたのだと思います。

実は自分は神経症であり、社会不安障害「SAD」であり、対人恐怖症、赤面症、視線恐怖症、身体醜形障害、表情恐怖症、対面恐怖症だとわかったのはずっと後のことです。

 

いじめにあった記憶もなく、どちらかと言えば、クラスで目立つ存在で、友達もたくさんいました。
ただ、中学くらいから、友達と2人っきりで話すことに対して、異常に緊張するようになっていました。
グループの場合は中心となって場を盛り上げることもできたのですが、2人だと異常な緊張感を感じるようになっていました。そこからどんどんマイナスのサイクルに突き落とされていきました。
周りの目を異常に気にするようになったり、相手に良く思われたい、という気持ちがすごく強くなっていったのですが、これが性格だと思って悪化するのに任せていました。


学校や、会社などで、私に対して良い印象を持たれたりすると、途端にぎこちなくなりました。
そんなに親しくないうちは、自然に会話できていたのに、だんだんと「いい感触を崩したくない、もっと好きになってもらいたい」という気持ちが高まり、表情や態度がぎこちなくなり、どう接していいのかわからなくなってしまいました。

相手を避けるようになり、しまいには、最初のイメージが良かった反動で、相手から嫌われたり、苦手にされたりして、仲を深めるどころか悪い印象で終わってしまうこともたびたびでした。
何で仲良くなりかけた人とこういうことを繰り返さなければならなかったのかと、悔しかったです。
仲良くなればなるほど対人緊張が出てきてしまって、相手から嫌われる前に自分から避けることを繰り返し、それならば「こんなに苦しいのなら友情などいらぬ!」「一人のほうが楽だ」と言い聞かせて殻に閉じこもるようになりました。

でも、本心ではみんなと仲良くなりたかったです! もっと仲を深め、ありのまま笑って喋っていた頃のようになりたかっただけに、本当に苦しいし自分の性格にムカつきました。
対人関係が進展したら、普通の人は友人になることに何の支障も無いし、楽しい時間を共有できているのに、私は嫌われたくない不安がどうしても出てきてしまい、緊張が勝手に出てきて相手に引かれてしまい、それが嫌で自分でガードをしてしまうことを繰り返すことが情けなかったです。
周りの人達がどうしても遠慮してしまう自分を差し置いて関係が深まっているのを見ると、毎日がつらく、ヘトヘトに疲れていました。

このままで人生を終わりにしたくない、と思ってメンタルクリニックで薬を飲んだり、考え方や性格を変えたり鍛える本を読んで実践したりしましたが、効果がないまま、症状が悪化していき、自殺願望にとりつかれました。


今では逆に人と仲良くなろうとは思わなくなり、関係が深まっても深まらなくても別にどうでもいいやという思考を獲得できました。
そうなれたのは岩波先生のおかげです。
その思考でいたら不思議と対人関係が良くなり、自分自身も疲労も少なく緊張も起きずに人と接するようになりました。

やはり最後は覚悟なんだと思います。
自分にはプライドが無駄に高くて、人に嫌われてもいい覚悟が全くありませんでした。だから仲良くなったら自分から関係を避けなければならなくなったのだと思います。
本当に楽に生きられています。もっと早く自分が神経症にかかっていたことを受け入れて、神経症克服プログラムを一刻も早く見つけて通っていればよかったです。本当にどうもありがとうございました!

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(40代 医師 男性 神経症の症状:うつ病・自律神経失調症)

当方は、鬱病を発症し、鬱病克服プログラムのお世話になりました。当時、鬱病と闘いながら、非常勤勤務の医師として週二日働いていましたが、プログラムのおかげで、完全常勤の医師として復活することができ、鬱以前よりも、充実感を持って働くことができています。
鬱病による医師生命と精神的な健康寿命の危機を救っていただきまして、ありがとうございました。


鬱病の発症原因は、医療ミスが直接のきっかけです。不眠状態(寝付きが悪い、夜中に目が覚める)が長く続き、頭痛と胃痛が発症しました。胸の苦しさ、非常につらい肩こり、慢性的な疲労感も加わり、原因となる病気も見つからないため、不定愁訴と診断されました。
向精神薬だけは絶対に避けたいと思っていましたから、多くの健康法、食事療法、漢方療法、そして心理療法で何とかしようともがいていました。しかしながら、効力は表面的なだけで、決定的なものを感じたことは一つもありません。

その間も常勤で何とか働いていましたが、鬱病へと悪化し、体調の悪さから病院を辞職せざるを得なくなり、その後三度ほど勤務する病院や介護老人保健施設を変えました。
その都度、とても情けない思いと悔しい思いとムシャクシャした思いが交錯した最悪の精神状態を味わいました。

多くの医師が先生のプログラムに通って希望を取り戻していることを教えてもらい、先生を見つけることができました。鬱病、自律神経失調症、不定愁訴を解決できたのは、先生の現実離れした、舌を巻くような技術があってこそです。これからも、すごい技術をたくさんの鬱病の方や出口が見えない苦しみにもがいている方に、腕をふるって救ってください。先生がいなければ、今の私はありえません。
先生は手塚治虫氏の『ブラックジャック』そのものだと思っています。

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対象となる症状

鬱病・躁鬱病・抑うつ神経症

パニック障害・広場恐怖・乗り物恐怖・予期不安

うつ病・対人恐怖症・社会不安障害・パニック障害・不安神経症・あがり症・視線恐怖症・アダルトチルドレン

社交不安障害・社会不安障害 (SAD)

対人恐怖症・視線恐怖症・脇目恐怖症・正視恐怖症・表情恐怖症・赤面症・自己臭恐怖症・身体醜形障害・会食恐怖

不眠症・睡眠障害

自律神経失調症・不定愁訴


更年期障害・更年期うつ

不眠症、自律神経失調症、赤面症、トラウマ、PTSD、摂食障害

不安神経症 ・不安障害

アダルトチルドレン (AC)

PTSD・トラウマ

摂食障害(過食症・拒食症)

過敏性腸症候群(ガスおなら恐怖

神経症・ノイローゼ状態

ノイローゼ、脇見恐怖症、脇目恐怖症、過敏性腸症候群、躁うつ病、ノイローゼ、ストレス過多

心の悩み・生きにくさを抱える方

精神的に強くなりたい・弱点を克服したい方

得体のしれない不安感、恐怖感で苦しんでいる方

コース形式・料金システム

岩波英知神経症克服プログラム 料金システム

[ベーシックコース]

一般向け 通い集団コース(10回)
400,000円

※現金一括払いのみとなっています。


※一般向けコースは個人では行っていません。集団のみ受け付けています。



予約は、柔軟に決めることができますので、ご自分のペースで通ってきて下さい。


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神経症克服セミナー(東京・大阪)

東京・大阪の事務所を岩波先生は行き来しています。 東京滞在時、大阪滞在時の正午から夜まで行っています。

※火曜日・金曜日は岩波先生は出張等のため事務所にいません。

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その後の流れについて、悩みについて、予約の日時について、電話コンタクトをとられた際に、先生の指示に従ってください。
※東京の事務所と大阪事務所への電話は岩波先生の多忙と出張のため、通じないことが多く、 メールフォームからが確実 です。


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いきなりのご来訪も固くお断りしています。
日本海外問わず遠方の方でも、電話カウンセリングのみのプログラムは行っておりません。
よろしくお願いいたします。


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適用外の方

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※適用外の方
統合失調症の方
パーソナリティ障害(人格障害・妄想性人格障害・境界性人格障害)
重度の強迫性障害の方
被害意識がとても強い方
もしくは人間不信・男性恐怖症が極まっている方(通常の不信・恐怖症の範囲でしたら大丈夫です)
反社会的な行動を取る方
実際に受ける方で、自主性を持って取り組めない方もプログラムの範囲外となっています。 ご了承ください。
よろしくお願いします。


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