自分のキャラ(個性)で生きる

自分のキャラ(個性)でワガママに生きる。
地を出して人生を走ることほど楽で、充実できるものはない。
楽といっても、そういう人ほどリスクが襲ってきても覚悟を決めて突っ走ることができる。
だから、何か成し遂げたいものがある人は、悩み関係なく主体的な生き方は必要なことだと思います。

それにワガママになった時が、最高にいい男、女になる。光ることができる。
いいオーラは個性を発揮してはじめて生まれる。
そこまで目立ちたくないと思う人でも、自分に信頼と自信を持てるようになる。
だから、地を出すこと、自分のキャラで普段から生活することは、どれだけ人間の栄養になるかしれない。
落ち込みとは無縁になるし、ストレスもためない生き方だから、とっても気分がいい。

ところが、ワガママが大事と言っても、演技でそれをやっているとメッキがはがれて疲れるだけ。
結局、気遣いをしたり、緊張を拾ったりして元の木阿弥になる。
脳みそから自分を「いかれ」させて、やったほうがいい。
理屈でキャラやワガママを演じるのではなく、子供のようにワガママで生きる。
もしかしたら 子供時代や思春期の時、あるいは職場で、個性を潰された経験があるかもしれない。
でも、そんなのは交通事故だと思っていい。
運が悪かっただけ。貴方の責任では決してない。
個性を発揮して生きてはいけないと、その人に決めつける権利などない。
親だろうと上司だろうとだ。
もともと一度の人生だから、個性を発揮することこそ「生きる権利」なんだ。

今は悩んでいても、頂点で生きたいとか自分の為し得る何かをやり遂げたいと思っている人なら、エゴのかたまりになるべき。
成功しているスポーツ選手はいい意味でエゴのかたまりだ。
のし上がった芸能人でもそう。やり手の経営者もそうだ。
「何なのあの人!?、それってないよね」という生き様を、トップに立って走っている人はしている。
それでも、その人の価値観って意外に大きい。

ところが、誰よりも一生懸命で、人の気持ちを汲んで、うまく取り繕って生きていても、その見返りが得られなかった場合ストレスを感じる。
残酷なことだけど、人間社会はけっこう厳しい。努力が仇になったりする。中には嫌な人間もいる。
その努力が何にもうまず、自分のストレスをためる方向に行っちゃう。
優しい人、気遣いの人ほど精神的にダウンする。
みんなからよく思われたいと努力してしまう人も。
人の気持ちを汲んでも、みんな自分勝手なところがあるから、けっこう効率が悪い。
「ここまで尽くしたし気持ちを汲んだから、きっと相手はこうなる(見返りをくれる)だろうな」とほのかに期待して裏切られてしまうと、自分の優しさでここまで頑張ったのに「それはない……」と感じる。
ドロドロとした感情が渦巻き、ボロボロになる。
ましてや、自分の後輩や能力がないと思っていた者が、エゴで突っ走って、上に行ったとなると、ストレスは更に高まる。
けれど、抑圧のはけ口がないから、心がやられてしまったりする。
だから、ワガママで行った方がいい。

嫌な思いをしないように状況判断をしているのに嫌な思いをする。
疲れないためにやっている状況判断が、更に自分を追いつめ疲れ果てる。
自己嫌悪、自己否定につながる。
生きている意味もどこかに落としてしまう。
個性がなくなるし、出してはいけないものだと禁忌にしてしまう。

ワガママがいきすぎて、反動があってもいい。
今までが今までだったんだから。
いずれバランスが取れるようになるし。 潤滑油を流してワガママ、自己主張をすれば一番だ。
気遣いするために生まれてきたわけでもないし、生きているわけでもない。
楽しく生きないと損。
人生は一度、これからも先は続きます。

当所にはとっても優秀な人が多く来ているけれど、優秀であるが故にストレスをためてしまっています。
その人が悩み苦しんでいるのに、街を見ても、自分より頭悪そうな人や努力をしてこなかった人が、悩んでなさそうに生きている。
みんな楽しく笑ったり、騒いだりしている。それが錯覚だったとしても、そう感じてしまう。
一生懸命気遣いしたり、勉強したり、努力してきた自分はそれを見ても楽しくない。
でもノータリンで生きてきた人が落ち込んでいないかもと思う。
努力が報われていないその落差に愕然とする。
鬱憤が溜まる。

その差は、自分に都合のいい生き方をしているかしていないか。
つまり、自分の感情に寄り添って生きているかどうか。
頭がいい人が悩むんだから、自分の都合のいいようにその頭を使うべき。
自分の感情に寄り添って個性を発揮して、さらに能力を発揮したら、いい意味で恐ろしいことになる。
可能性は無限に膨らむ。
考えていても楽しい感情には決して行き着かない。
昔の哲学者のように自殺願望に取り憑かれたりするのがオチ。

自己主張して、うまくいった経験を持つと早い。そのときの得たものや感情は何ものにも代え難い。
さらに個性を発揮して、人に認められた経験があるとものすごく自信になる。
それは一人だけいればいいし、完璧に100人が100人に認められる必要はない。
たとえ相手にガツンとやられても、歩みを止めないことが大事。
それでもやり続ける。個性を殺さない。ワガママに地を出して走る。
気遣いをしてこの結果(悪い状況)になったことをしみじみ噛みしめることも重要。
いかに今までの考え方が自分のキャラを消し去っていたか、ストレスになってしまっていたか。
受け身の生き方よりも、主体的に生きた方が気持ちがいい。
未来が開ける。

つまり、今までの生き方考え方を変えることが、自分の抱えているものを解決していくためには必要。
それは最初は違和感があるし、苦しくとも今までの「安定」をとりたくなる気持ちもわかる。
でも、どこかでやらなくちゃいけない。
変わると言っても、性格が豹変するということではない。人格が変わりもしない。
たとえば繊細な性格は保有しつつも、自分に不都合になることへの繊細さはなくなり、自分の個性と能力を発揮するための繊細さとしてレベルアップする感じです。
だから、変わりたいけれど変わりたくない矛盾した気持の人(かなり多いです)は、性格や人格まで豹変するわけではないことを覚えておいて下さい。
都合がいいことを取捨選択できるようになるということです。

【人間関係対処法】【人生目標達成方法】

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