ダメだと思ってしまう思考回路がある。
ダメだと思わないことだ。
まだまだ人生これからなのに、人生終わったと思うこと自体、運を逃している。
60でも70歳でも関係ない。
俺はダメだと思うのは、その人が作り出す思考に過ぎない。
実際ダメじゃない。ダメなことは何にもない。
決めているのは自分だけだ。
ダメだと思ったら、可能なことでもダメになる。
ダメだと思わなければ、不可能なことでも可能になる。
たったそれだけでガラッと人生が変わる。ダメだと思うには自分なりに理由があるからだろう。
しかし、ダメなことばっかり経験している人でも、それにめげず前向きに生きている層がある。
伝記や自伝を読めばいくらでも書かれてある。
ダメだったとしても、本人だけはそうは思っていない。
だからチャンスをものにしている。
ダメなのは、誰だって同じ条件だ。
そりゃあ、落ち込んだりもしただろうし、ギリギリまで追いつめられただろう。
それでも乗り越えられたのは、発想と思考の方向性がただ違うだけだ。たとえば、悩み疲れて家に引きこもっていても、ちょっと家にこもっていただけの話。
騒ぐ事じゃないけど、学校休んだとか、みんな職場に行っているとか比べてしまう。
他の人は順調なのに、自分は今これ(ひきこもり、ニート)だよな、ハンデがあるなと比較してしまう。
他者を比較すると落ち込むだけだし、自己否定につながる。
そんなものはどうでもいい、くそくらえの話だ。人は人だ。
学校を出なかったからといって、将来は会社の社長になるかもしれない
医者志望が挫折したとしても、病院つくって理事長になって、医者をこき使えば成立する話。
今フリーターでも、時間と自由があったら、正社員や公務員には出来ない発想をすることも出来る。人と違うズレた発想が大きな価値を生み出すし、生み出すにはズレたイカレた発想がないと無理。
普通に危機もなければ、ただ時間だけが過ぎていく。
せっかく危機と隣り合わせの人生になったなら、呑まれるだけじゃなく、発想の方向性をずらすチャンスだ。
道から外れたこと(別に何でもないことだ)で焦って、普通になろうと思うと生きがいを無くす。
チャンスをみすみす逃してしまう。悩みを引きずり続ける人は、あの時に勉強したのに何で落ちたんだろう、何であの時フラれたんだろうと、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで後悔しかねない。
発想や思考を都合よくすり替えられればいい。
ものごとを見る角度を変えれば何でも出来る。
危機がチャンスになる。
自分はダメだとか自分を追い込むことは絶対無い。
悪い方に考えれば、いくらでも考えてしまう。
悪い状況なりに視点を変えれば、可能性は無限に広がる。女の子(男の子)に振られたら人生終わりだと言う。
クヨクヨ引きずる人がいる。
一方で、すぐ次の人を探す奴がいる。
本当はそれで終わる話。
好きな人に振られても、主動的に「次は私は100人の中の1人選んでやるぞ」という気持だとすぐ割り切れる。
悩みも停滞もないし、次のいいことが掴める。
「次はどんな人と出会えるかな」と楽しみが増える。落ち込むと何をやっても疲れる。
疲れないようにすることでも疲れる。
どうせなら主動的なロマンが必要。
ロマンはその場で鬱屈せず、次から次へと行動してこそロマンだ。
人生はこれからだ。
思考の方向性で天国にも地獄にもなる。
逆に言えば、たった一つの思考の転換で、地獄でも天国への階段が見つけられる。
そうしたら、必ず素晴らしい人生が待っている。
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